83 聞かれていることを前提にした話題
ダイニングに戻り、テーブルについた。
昔の私の指定席。
「自殺願望のマトはとても多いよね。それを請け負う闇商売もあるって」
無理やり、現実的な噂話に話題を変えた。
昨日の話の続きを意識して。
聞かれていることを前提にした会話。
やりきれない思いだが、今の社会では仕方がない。
怪しまれておじさんの身に何かあれば、それこそ取り返しがつかない。
おじさんさえ無事なら自分はどうなってもいい、そう思った。
「再生しない完全なる死、だね」
おじさんも話を合わせてくる。
「そう。どの街にもひとりやふたり、いるらしいよ」
「へえ」
「死亡が確認されない深い海に身を投げる。自分が再生不可になるために殺人を犯す。そんな人も多いけど、そのどちらもできない人もいるよね。そういう人のための商売」
街の外に出れば、政府の監視が届かないところもあるかもしれない。
カメラやレーダーや、衛星の目や、電波を介した会話を拾うシステムの手薄なところが。
しかし、兵士でない者が街の外に出ることはできない。物理的に無理なこと。
殺傷兵器から身を守れないし、有毒ガスに耐えうる装備も持っていない。
政府機関で働く者はなおさら。
街の外へ出て行くなど、どんな理由があるのかと、たちまち怪しまれてしまう。
「私はもう、記憶を完全に抹消されない限り、今の仕事を辞めることはできないの」
思わず弱音を吐いた。
「そういう仕事に就いたんだから。自分を大切に、としか言いようがないよ」
おじさんは、少し離れたところに座って、くつろいだ声を出している。
心に生じた波を、できるだけ声に出さないようにして。
「そうよね。こうしてパパとまた会えて、今は幸せ」
「ぼくも」
「妙に言い寄ってくる男もいるしね」
そんな話をする気はなかったのだが、自然体で、と意識したあまりに、思わず口から出てしまった。
「へえ! そりゃいい!」
「相手はメルキト」
実際、当たり障りのない話題である。
彼に特別な感情はないから。
「ううん、もしかするとアンドロかも」
「アンドロ?」
「仕事場の人。あいにく、こっちは関心ないけど」
人造人間には、製造目的以外の思考能力はない。
しかし、画一的ではないのも事実である。
「本当は違うのよ」
そんな話をしようと思った。
秘密にしておかねばならない情報ではないはずだから。




