74 サリ、なのか?
駆け寄ってこようとするチョットマを、ハクシュウが押し留めている。
「サリ!」
チョットマがまた叫んでいる。
ンドペキは思わず口にしていた。
「サリ、なのか?」
ンドペキがサリの素顔を見たのは、彼女をスカウトした当初の数日だけだ。
面影は記憶の中にある。
あいまいではあるが。
ただ、金髪とエメラルド色の瞳。印象として残っている。
しかも、チョットマがあれだけ騒ぐのだ……。
レイチェルが息を呑むのがわかった。
ンドペキは一歩踏み出した。
「サリなのか?」
女が困った顔をして、JP01を振り返った。
ンドペキの頭の中に、不吉な予感が走った。
サリは、まさか。
しかし己の疑念の意味を理解する前に、JP01が女を庇うように立ち位置を変えた。
「サリって? あなたのお知り合い?」
馴れ馴れしい口ぶりに気分を逆撫でされながらも、JP01の背後に立つ女を見つめた。
目を合わせようとしない。
不安げな表情で、口を閉じている。
それが、ますますサリに違いないという気持ちにさせた。
JP01が仁王立ちになっている。
回答を要求している。
声を掛けたからには、知り合いに決まっているではないか。
しかし、部隊の仲間だとは言わない方が賢明なのか。
ンドペキは短く応えた。
「そうです」
JP01は女に顔を向け、
「そのかわいいお顔、どうしたの?」と聞いた。
女がはじめて口を開いた。
「気にいったので。ちょっと拝借しました」
「そう。あなたはもう戻っていいわ」
「はい」
女はそう応えるが早いか、パッと跳躍したかと思うと、体を捻って川に飛び込んだ。
ンドペキは息を呑んで、川面に女の姿を探したが、浮かび上がって来ない。
シリー川の流れは速く、しかも川幅は広い。
どんな人間でも、泳ぎ渡れるものではない。
「ご心配?」
JP01が口元だけで笑った。
「私達は水中でも生きていけます。地球に帰ることを決めてから、体を作り変えましたから。それに彼女は、かなり優秀なスイマーです」
ンドペキは今見た顔を、心に焼き付けようとした。
そして、思った。
チョットマは、なぜサリだと思ったのだろう。
サリとチョットマは仲がよかった。互いに素顔で付き合っていた、それだけのことかもしれない。
あっ。
対岸に上がった女が、手を振っていた。
なんというスピード。
ンドペキは思わず手を振り返した。
それを見届けたからなのか、女はくるりと背を向けると森の中に消えた。
JP01がレイチェルに向き直り、
「さて、お願いのこと、なにとぞお聞き届けくださいますよう、お願いいたします」
と、深々と頭を下げた。
レイチェルは何も言わなかったが、ンドペキの頭の中では警報が鳴り響いていた。
最初に感じた「侵略ではないか」という思いが、ますます強くなっていた。
しかも、相手はかなり手ごわい。
空を自由に飛べる。水中でも活動できる。
食料は不要で、常にエネルギーは満タン。
しかも、JP01の言うことが本当なら、かなりの数だ。
武器は?
いや、武器など必要ないかもしれない。
体の一部に何かを組み込むことは、この連中には朝飯前なのだろうから。
勝てるか?
自問するンドペキにJP01が声を掛けてきた。
「ねえ、ンドペキ」
ん!
JP01が背を折って、顔を覗き込んできた。
と、後方で砲撃音がした。