表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/325

69 レイチェル どこかで聞いた名

 ンドペキは会談の朝になって、政府の人間の訪問を受けた。


 ドアをノックしたのは、若い女だった。

 古い劇画でしか見たことのない、簡素な丈の短い白いワンピースを着ていた。

 端正な顔立ちに薄い化粧。かすかに立ち上る甘い香り。

 防具や武器は身につけておらず、腕や手はおろか、顔も白い肌がむき出しで、長い黒髪を持っていた。



 女は部屋に入ろうとはせず、ンドペキを連れ出すと、待たせてあった飛空挺に案内した。


 中に、ンドペキを待っていた女がいた。

 この女も案内役の女とよく似た雰囲気を持っていた。

 艶やかなホワイティーアッシュな髪を、流れるようにシートに広げている。

 こちらも白いワンピースに白い革のベルト。


 ただ違う点といえば、素足に革の編み草履を履いており、仮面をつけていた。

 大型のサングラスの縁に大きな鳥の羽根飾りが付いたマスク。

 ンドペキたちが使うような己を隠すスキンマスクではない。

 薄いブラウンレンズの中に、エメラルド色の瞳が見えていた。



 女が向き直った。

 裾が乱れ、膝小僧が見えた。


「はじめまして」と手を出してくる。

「俺はンドペキだ。あんたは?」

「レイチェル」

 女は、エメラルド色の波を瞳に揺らめかせた。



 ンドペキは緊張した。

 すでに装甲を身につけている。

 硬い金属の手で、女の手を握るわけにはいかない。


 普段ならそう思うはずもないが、相手から発せられる高貴さに気圧されて、ンドペキは腕の装甲を外した。

 女は手を差し出したまま、微笑んで待っている。



 飛空挺は、かすかな空気音をたてて浮き上がると、たちまち街を抜け、城門を抜けた。

 普段は街の中で見ることのない乗り物である。

 他の街へ移動するときに利用される飛空挺とは違って、かなり小型だ。個人用の乗り物なのだろう。

 華麗な装飾が施されたベルベットのシートがわずかに六席、前後三列に並んでいる。

 パイロットと案内役の女を除いて、誰も搭乗していなかった。



 握った手は暖かく、思いのほか力強かった。



 その時、女が見せた表情は、長い間忘れていたものだった。

 マトやメルキトが見せる表情は、どこか表面的で画一的だが、レイチェルと名乗った女が見せた表情は違う。

 あいまいで頼りなげで、しかも「心」を垣間見せるものだった。



 レイチェル。

 どこかで聞いた名。


 そう思ったが、それを聞く前に、レイチェルが口を開いた。

「今は挨拶は抜きにしましょう。今日のことですが」

 と、それまで握ったままだった手を離し、前を向いた。




 飛空挺は瞬時に高度を増していく。

 地上五百メートルほどの高度で、水平飛行に移った。


「あなたは黙って見ていてくださって結構です。ただ会談の中で、万一、間違っているとお感じになったら、そのときはその場でそうおっしゃってください。私はあなたを信じています。あなたがおっしゃることを、私は信じます」


 初対面の女にそう言われ、ンドペキは戸惑った。

 昨夜もそうだった。


 そういや、あの女。

 あれから、無事だったろうか。



 レイチェルの瞳が、ンドペキの想念を許さなかった。

 

「しかし、俺は」

 今から行われる会談がどういう性格のものなのか知らない。相手が何者かも知らない。

 そもそも、隣に座っているこの女が誰なのかも知らないのだ。



「なにも聞かないで。あなたには、あなたらしく判断して欲しいのです」



 何も言えなくなった。

 レイチェルの表情は厳しい。

 兵士ではないし、街の住民でもない。

 会談の代表を務める以上、政府機関上層部の者だろう。

 それは、彼女の奥深い表情を見てもわかるが、それ以上に彼女の苦悩を感じたからだった。



「わかったよ」

 と言うのが精一杯だった。

 対して、レイチェルは、

「よろしくお願いします」と、髪を押さえて頭を下げた。


 しかし、どうしても聞いておきたいことはある。


「なぜ俺が」

「さあ、それは向こうの希望ですから。でも、私は、あなたが指名されてよかった、と心から思っています」


 レイチェルは、エメラルドの瞳に微笑みを見せたが、すぐに前を向き、唇を引き結んだ。

 やみくもに信じられても困る、とは思うが、もうそんな戯言を口にする雰囲気ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ