64 コウモリの糞の堆積物に落ちるな
「着いた」
あたりは漆黒の闇。
ここだと言われても、心もとない。
ンドペキはかすかな光を灯した。
「お疲れさま」
女の声が和らぐ。
が、その瞬間。
消えた。
「落ちないで。三十メートルほどあるから。梯子もあるけど、大丈夫でしょ」
岩の間に、人ひとり通れるほどの隙間があった。
ここに入っていくのか、とンドペキは少々たじろいだ。
女を警戒する気持ちは薄らいでしまってはいる。
戦えば勝てるかどうか微妙なところだが、相手に戦意がまったく感じられない。
しかも、まるで旧知の間柄のように接してくる。
言葉遣いは、親しみがあるようでないようで、妙だが。
信用しているとはいかないまでも、多少の親しみさえ湧いていた。
しかし、ここを降りろというのか。
「底の地面は傾斜になってる」
「ああ」
「手前に降りるんじゃなくて、先の方へ飛び降りて。手前はコウモリの糞が積み重なってるから」
女の声が下の暗闇から聞こえてくる。
どこへ連れて行こうとしている。
何のために?
ええい、
「了解」
と、ンドペキは洞窟の中へと舞い降りた。
降り立った場所は、大きな一枚岩が稜線を走らせ、前後に広い急な斜面を作っていた。
確かに、注意して降りなければ、コウモリの糞の堆積物に嵌まり込んでしまっただろう。
「強烈な匂いだな」
マスクの有毒ガスシールドを張った。
「まあね。でも、ここだけ。奥は快適」
ついて来いと顎で合図をして、女は更なる深みへ。
「ゆっくり。無理しないで」
岩の狭隘部に入っていく。
通路に明かりが灯された。
「近代的でしょ。大変だったのよ。この工事」
通路は下り坂で、曲がりくねり、時として数メートルほどの落差がある。
巨石の隙間に偶然できたような通路。
いたるところで岩盤が前方を塞ぎ、そのたびにわずかな隙間に体を入れなければならなかった。
ただ、空気は乾いているようで、前を進む女のたてた砂埃が、電灯に照らされてキラキラ舞った。
ふたりはゆっくりと下っていった。
「到着!」
広い空間に出た。
バスケットコートが二面ほど入る程の広さ。
半分ほどは岩盤が露出し傾斜しているが、奥の方は玉砂利が敷き詰められたように真平らだった。
天井は高く、足音が響く。
右手の壁に沿って、奔流が水飛沫をあげていた。
中央に大きく武骨な木製机。
その周りに椅子が八脚。
机の中央には燭台がひとつ。
白っぽい岩肌の壁には、ブラケットが十燈ほど。
それらの光に照らし出された空間はひんやりとして、水音だけがこだましていた。