63 見せたいもの
それから、女とンドペキは走りつつ、ポツリポツリと言葉を交わした。
「このあたりは政府の監視カメラも通信傍受システムも手薄。衛星の監視はあるけど」
「もっと距離をとれない? ペアで動いてると思われたくない」
「このあたりは、左手に川が迫ってる」
「暗くて見えないけど、昼間だと前方にミリ山脈がよく見える」
「この大きな木は、カエデ。目印になる」
「この廃屋は発電所の跡。このあたり、昔は風力発電の風車がたくさん立ってた」
といった内容ばかりで、肝心のことになると、後で、と言うのだった。
そのものの言い方にムッとするが、かといって、ここで引き返すつもりはない。
登り坂になってきた。
地面は砂礫の荒地から、巨石が積み重なった地形に変わっていた。
ふたりとも空中走行のため、地面の状態は支障ではない。
森に入った。
オレゴーナ地方の入り口まで来たということだ。
「もう、離れていなくても大丈夫」
女が立ち止まった。
ンドペキは女に近づいた。
「休憩する? 必要ないよね」
女がまた走り出した。
ンドペキもすぐ後に続く。
径を辿っているのか、女に迷うそぶりはない。
深い木立に遮られ、星の光は届かない。
暗闇に一寸先も見えないが、女の位置がスコープに映し出されるようになっていた。
その白い点は、大きく弧を描いて移動することはあっても、小さな進路変更をすることはない。
目的地に向かって一直線に進んでいるようだ。
白い点。
つまり、非戦闘員。
街の住民で、どの隊にも属していないということになる。
しかし、これだけの走行や跳躍ができる市民がいるとは。
「道順、覚えてる?」
「……」
「大丈夫?」
「一応、記録している」
「記録? 覚えて、って言ったはず」
「フン」
「走行モニタ? それって、やばいんじゃ……。どこか別のところに情報が蓄積されるってやつじゃないの?」
「いや、通信機能はない。ここに蓄積される」
ンドペキは自分のヘッダーをつついてみせたが、もう女はこちらを向いてはいなかった。
また走り出していた。
「なんだか、怪しいな。絶対に誰にも知られないようにして」
なれなれしい口調で、いちいち指示してくる女にうんざりしていた。
背後から銃撃してみるか、どんな反応を示すか、面白い。
もし、当たれば、それはそれでいいかもしれない。
こいつが死ねば、隊員を、チョットマを殺す必要がなくなる。
しかし、女の言葉でンドペキは考えを変えた。
「いざという日までは」
「いざという日?」
オウム返しに言って、「見せたいもの」に興味を持ったことを思い出した。
「それは私にもわからない」
「じゃ、誰がわかってるんだ」
「ううん、たぶん、その必要があるだろうってこと」
女はそういうと、一段とスピードを上げた。
ンドペキはついていくのがやっとで、短い会話はそれで打ち切りとなった。
いつしか深い山地に分け入っていた。