61 夜は荒野の色
メッセージはキュートモード。
文字データに変換した言葉が流れる。
情報量が少ない分、微弱な電波で送れるが、近接した状態でないと届かない。
一種の非常用通信モードで、特定者にのみ送ることができる。
ただ、アクセス用のIDは必要だ。
ンドペキのアクセスIDを知る者は多くない。
東部方面攻撃隊のメンバーのみといってもよい。
すぐに次のメッセージが来た。
-----話がある
-----見せたい
-----ものがある
「誰だ」
それには応えず、メッセージが続く。
-----今夜
雑踏の中で送ってきたということは、政府に盗聴されたくないということだろう。
キュートモードは政府の盗聴に比較的掛かりにくいといわれている。違法だが、使っていない者の方が少ない。
-----十時
-----西門を出ろ
きわめて短い文章が流れて、また間をおく。
-----北へ
-----走れ
ンドペキは歩きながら、それとなく辺りを見回した。
目を合わせる者はいない。
知った顔はない。
マスクをしている者もいるが、キュートモードで声を掛けるためのゴーグルをしている者は見えない。
-----信頼
-----していい
やはり、どこかでこちらを見ている。
-----途中で
-----合流する
-----誰にも
-----言うな
-----ひとりで
-----来い
これで、メッセージは途切れた。
ンドペキは迷わなかった。
死を望んでいる身。
この誘いが危険に満ちたものであろうが、トラップが待ち受けていようが、構わない。
メッセージは、見せたいものがあるという。
興味がある。
夜、十時、ちょうど。
言われたとおりに、西門を出て北に向かって走った。
もちろん、フル装備である。
夜に兵士が城門を出ても、怪しむ者はいない。
この辺りは北部方面管轄ということになっているが、どこで行動しようが自由だ。
しかも、東部方面攻撃隊はハクシュウ隊と呼ばれて、誰もが一目置く存在である。
城門を固める守備隊も、駆け抜けるンドペキをチラリと見ただけで、気にする様子もない。
ニューキーツの街が遠ざかり、闇の中を突っ走る。
さあ、お望みどおり、来たぞ。
姿を現せ。
ンドペキが荒野を突っ走っているころ、イコマは気を揉んでいた。
今日、まだアヤの訪問がない。
もうとっくに来てもいい時刻。
いつもなら、仕事帰りという時間帯に顔を出してくれるのに。
いや、まだ十時。
落ちつこう。
強制就寝時間まで、まだ間がある。
自動的に思考が停止してしまう時刻が近付いているが、それまでには来てくれるだろう。
きっと、仕事が忙しいのだ。
重大な会談前夜のことでもあるし、政府機関内は右往左往しているのかもしれない。
アヤも帰るに帰れない状態かもしれない。
今夜は無理かな。
しかし、アヤの身によもや何かあったのではないか。そんな悪い予感も、拭いきれないでいた。
交わした会話の中に、監視システムがアラートを発するような内容があったのだろうか。
ハクシュウの情報?
抱き合って涙を流したこと?
アヤがパパと呼ばずに、おじさんと呼んだこと?
アンドロが住む別次元の話題?
そもそも、連日アクセスしてきたこと?
考え出すと、不安で堪らなくなるのだった。
同じころ、チョットマはコリネルスから仕入れたクシの情報を反芻していた。
けっ、卑怯者め。
フン、見損なってもらっちゃ困るぜ。
それにしても、何だって私が。
恨むならハクシュウだろ。
でも、蛇みたいに執念深いやつだったら、嫌だな。
ンドペキがいうように、警戒だけはしておかないとね。
チョットマはくわばらくわばらと呟きながら、ベッドに潜り込んだ。
なぜ、蛇は執念深いって言われるんだろ。
どうでもいいか。
蛇って、実物、見たことないし。
そして、ものの三分もしないうちに、寝息をたて始めた。