601 そうよね いきなりそう言われてもね
「時が来れば、ある意味で、あなたはあなたじゃなくなる。すべての記憶が回復するんだから。でも、私のことも思い出す。すべてを」
その勢いに思わず押されてしまった。
「ああ……」
「覚悟だけはしていて。そして、私に任せると言って欲しい。別に危険なことじゃない。ンドペキという人がいなくなるわけじゃない。ンドペキはンドペキのまま。本当の自分を取り戻す。いい?」
「今じゃなくちゃいけないのか。その返答は?」
「そう、今」
「うーむ」
「私、何度もこんな話、したくないし、できない事情もあるのよ」
「んー」
「聞き耳頭巾を試すのは、今度から、ひとりでしてね。ふたりきりで話す機会はもうあまりない」
「えっ、そうなのか?」
例によって、スゥがまた秘密めいたことを言い出した。
今と同じように、ふたりで出掛けてくればいいではないか。
もともと洞窟はスゥのもので、それを借りているのだ。
二人きりで話をすることに、だれに遠慮することもない。
「ということは、ここ数日のうちに、また大きな動きがあると?」
「そうじゃない。私の方の事情」
スゥの腕にますます力が入っている。
「しかしな」
と、組んだ腕の力が抜けていった。
「そうよね。いきなりそう言われてもね。でも、本当に考えておいて。そうしてくれないと、私はどうなってしまうかわからないから」
ンドペキは思い出した。
スゥが、自分の行動の裏に誰かがいる、と話してくれたことを。
「誰かの指示で動いてるって、前に言ってたな」
「あ、ま、それは忘れて」
図星だ。
会ったことはないが、スゥの同業者、ライラという老婆の顔を想像していた。
「ンドペキ、キスしてくれてありがとう。こんなにうれしい夜は、まさしく六百年ぶりだったね」
そう微笑んで、スゥはようやく腕を放した。
強い喪失感があった。




