596 布地を頭に巻いて
「頼むから、被ってみて。ふざけて言ってるんじゃないのよ」
「おまえが被ってみるんじゃないのか」
「これに力があることは、私は知ってる。私が試す必要はないのよ。あなたが被ることに意味がある。だから、お願い」
「断る!」
「そんなこと言わないで。そのために借りたんだから」
わけがわからない。
「なぜ、俺がやってみなくちゃいけないんだ!」
「じゃ、理由を言うよ。あなたの記憶が戻るかもしれないと思って」
「そんなことで、なぜ記憶が!」
「いちいち、怒鳴らない。なぜかって言うと、あなたも聞き耳頭巾を使ったことがあるから」
「なんだと!」
「何度も言わせない。怒・鳴・ら・な・い。さあ、立つのよ」
洞窟の家主はスゥだ。
そこを無償で借りている。
スゥはそんな脅しは使わなかったが、ンドペキは折れることにした。
記憶が戻るなど、全く期待はしていなかったが、スゥにしてみれば真剣な気持ちかもしれない。
未だに、自分の記憶の中にスゥは姿を現さないのだから。
あの夜、この洞窟でスゥと初めて会ったとき、スゥは涙を見せた。
その時の罪悪感は今でも生々しく思い出すことができる。
あの気持ちが消えることはない。
何かを思い出さない限り。
「すまなかった」
ンドペキは心からそう言い、立ち上がった。
「まだ俺は君を思い出さない。もう思い出せないんだと思う。これを被ってみるよ」
布地を頭に巻いた。
教えられたとおりに息を整え、無我の境地に心を近づけた。
そして、ゆっくり目を閉じた。




