52 悲しい可能性ばかり……
「サリっていう子がいるんだ」
チョットマやサリ、そしてハクシュウやンドペキのことを話した。
「ニューキーツの住人」
サリという娘に関心を持ったことも話した。
「チョットマの話を聞いてると、サリって子がなんだか、ユウに似てるな、と思ったりしたんだよ。でも違うんだ。サリはメルキト」
「そうね」
「ユウの子孫ってことなら、あり得ないことじゃないけど」
「ということは、ユウお姉さんがマトになって、ホメムかマトとの間に、子供を生んだってことになる」
「ああ」
「お姉さんも、記憶を失くしちゃったのかも」
ユウがまだ生身の人間だったとき、つまりホメムだったときに、とは、アヤは言わなかった。
もちろん、イコマを思ってのこと。
「その人のこと、調べてみようか」
そう言い出したので、イコマはあわてて止めた。
「いや、調べなくていい。それはチョットマ達がすること」
実際、チョットマ達にそんな調査能力があるとは思えなかったし、調べようともしないことは分かっていたが。
ユウは、光の女神と呼ばれ、金沢から大阪の自室まで、どのような方法を使ったにしろ、イコマを運ぶことができる力を与えられていた。
それが能力と言えるものなのか、権限なのか。
そんなユウが、六百年間にわたってイコマを見つけられないはずがない。
しかも当時、個人情報のセキュリティは今ほど強固ではなく、ID漏洩などは頻繁に起こっていたのだ。
なぜユウは……。
何が起きたんだ。
今、どうしている。
思いつくのは……。
悲しい可能性ばかり……。
「パパは、チョットマさんがお気に入りなのね」
「そうだよ」
イコマが幸せな気分で毎日を送ってきたと思いたいのか、アヤは少しおどけて言う。
「典型的なメルキトでね」
チョットマのことも話して聞かせた。
「自分では、マトだと思ってるようだけど」
チョットマ。
ナウセルフのみで生きている。
一オールドの記憶もない。
知識量も人並み以下。
そのくせ人懐っこくて、メルキトには珍しく、人生を心から楽しんでいる……。
「メルキトはたいてい、自分がいやになってるか、無気力になってるか、なのにね」
「でも、その傾向はマトの方がひどいんじゃないかな」
マトは昔々、自分の生があるときに、死ぬか、アギになるかマトになるか、を選択することができた。
それに対してメルキトは、最初から再生され続ける人間として生きている。
「マトは自分で決めたんだから、もっと頑張らなくちゃいけないのにね」
「なまじ自分で選んだからこそ、迷いというか後悔というか、割り切れなさがあるんだろ」
アヤはマト。
どんな精神状態で、今まで生きてきたのだろう。
が、今、生き生きとしているアヤに聞く必要のないこと。
イコマは一般論を吐いた。
「再生回数が増えれば増えるほど、一から人生を始めるのに飽きてしまう。その感覚はわかる」
「あの二百年間、マトの製造が禁止されるまで、毎年世界中で四、五十万人がマトになったでしょう。総勢で一億人前後のマトがいる計算」
アヤも歩調を合わせてくる。
サリの話から、もしかするとユウの話題からも、避けていこうとするように。
「でも残存するマトは、現状わずか百万いるかいないか。ここ百年のうちに、大多数のマトは消えてしまった」
「アギも同じようなものだよ」
本当は生きていくという行為そのものがないアギの方が辛い。
マトには、「暮らし」というものがある。まだましだ。
現に、まともなアギはもはや十万人いるかどうか。
しかも、急速に減少している。
だが、言う必要のないこと。
(再掲:用語注釈)
ホメム:人の子として生まれ、年老いて死んでいく生身の人。
アギ:知識の人。決して忘れることのない記憶とともに生きていくことを選択した人。現在ではその技術は使用されていない。
マト:肉体の人。死んでも再生され続ける肉体を選択した人。現在ではその技術は使用されていないが、再生は続いている。再生のたびに記憶が失われていく。
メルキト:ホメムとマト、あるいはマトとマトの間に生まれた子。マトと同様、肉体の人として再生され続ける肉体を持つ。
一オールド:マトやメルキトが再生される期間。つまり、一生。




