46 ざらついた青黒い一色に
「チョットマ、今日はありがとう。楽しかった。できれば、明後日にもピクニックに誘ってくれないかな」
「もちろん!」
シリー川の会談に立ち会ってみたかった。
「ありがとう。でも、今度はハクシュウにきちんと了解を得て」
「それは……、ん……、許してくれるかな……」
「大丈夫」
「なぜ?」
「実はさ、今日もハクシュウには僕から一言、断っておいたのさ」
「ええっ!」
「だって、もし僕が見つかって、ハクシュウやみんなから君が責められたらかわいそうだと思って」
「なんだぁ」
「黙っててごめん」
「いいよ、そんなこと。あ、そうか、だからさっき、ハクシュウはお付の人も黙っておいてくれって、言ったんだ!」
「だね」
「でも、パパ、ハクシュウと知り合いだったの?」
「ううん。先日、会ってね。君がいい人だって言うから、なんとなく興味が湧いて」
チョットマが目を丸くした。
「ほら、保護者としては、娘のボーイフレンドを一目見ておきたくて。なるほど、抑制の効いたいい男だったよ」
「そうでしょ! ボーイフレンドじゃないけどね!」
チョットマの声が、うれしそうに弾んだ。
「次は、ンドペキに会いに行ってこようかな」
「すごいんだ、パパは! 今まで、そんなアギに会ったことないよ!」
「そうかい?」
「行動派なんだ、パパは!」
「そうじゃないって。娘のためには、ってこと」
「へえ! そこがすごいのよ。だって」
チョットマが、本当の親子じゃないのに、という言葉を飲み込んだことがわかった。
そう、口にする必要のないこと。
イコマは、チョットマのデリカシーがうれしかった。
本当の親子でなくても、本当の親子以上に心を通わせることはできるし、そう振舞うこともできる。
チョットマが、フフッ、と笑った。
「でも、その目玉の姿で会いに行くの? 私のボーイフレンドに?」
「ハハ! そうか、君のボーイフレンドは、ンドペキの方か!」
「違うって! パパがそういうから、言ってみただけ!」
「その気がなければ、そう言ってみる気もしないだろうけどね!」
これと似た会話をしたのは、もうどれくらい前のことだろう。
自分にも、妻とはいえないけれども妻同様に愛し合った人がいた。
娘とはいえないけれども、娘同然にかわいがった人がいた……、アヤ……。
データを組み合わせただけの思考だが、それも「心」というのなら、イコマは自分の心の中に暖かいものがこみ上げてくるのを感じた。
「不法なことはしたくないんでね。まっとうに僕は、この眼ん玉姿さ」
「それってすごくない? 怪しまれない? 大体、街の中でフライングアイから声を掛けられることはないし、もし声を掛けられても無視するよ」
「だろうね」
「避けるのが普通じゃない?」
「だから、すごいのはハクシュウの方さ」
「ねえねえ、どう声を掛けたの?」
「娘がお世話になっています、と言ったのさ」
「わおっ!」
「失礼ですが、お名前からすると、日本の方ですか、とね」
「うへええええ!」
「彼は、街中で旧知の先輩に会ったような態度だったよ。で、僕にアクセスしてくれるように頼んだら、ちゃんと約束した時間にコンフェッションボックスから会いに来てくれたんだ」
「うわわわ! やっぱりハクシュウは、律儀な人なんだ。きっと、ンドペキもそうしてくれると思うよ!」
と、そのときだった。
視界が消えた。
見ていた海が、ざらついた青黒い一色になった。
背後から強烈な圧力を感じた。
それらは同時に起こった。
まるで、位相を瞬間移動したかのように。
そして、コンマ数秒の後には、閃光が辺りを包んだ。
生身の瞳で見ておれば、網膜を焼き尽くす、そんなすさまじい光だった。