45 あれがレイチェル?
「それはそうと、ンドペキってのは君の上官だろ」
イコマは話題を修正した。
「うん。代表? 指名された?、ってのも、変よね」
「どんな人?」
「どうって、ハクシュウと同じくらい、私は信頼してるよ」
「うん」
「でも、特別な任務に就いているとか、街の政府の役職がどうとか、聞いたことないよ。普通の兵士のはず、なんだけど」
「彼自身も、さっぱりわけがわからない、そう言ってたね」
「よね」
チョットマが、今度は食べるものを取り出した。
「フライングアイは食べられないわね。残念だけど、我慢してね」
小さなサンドイッチ状のものだ。
しかしドライなもののようで、チョットマの口からサクリという音がした。
そう。
今日はピクニック。
チョットマは鼻歌まで歌っている。
幸せの時間。
「ん? そういや、パパは何、食べてるの? というか、飲んだり食べたりする?」
海を見ていたチョットマが振り返った。
「ハハ」
「あっ、私が何も知らないって、笑った! 失礼ね! 気にしてあげてるのに!」
「ハハハ! 気遣ってくれてありがとう。アギも、食べたり飲んだりするよ。栄養を補給するという意味じゃなくて、人らしく生きていくためにね」
「へえ! そうなんだ! じゃ、やっぱり私、食べるの、やめる」
「どうして?」
「だって、今は食べられないパパがかわいそうだもん」
「いいよ、いいよ。食べて、食べて」
「ううん、やめとく。それより、いいことを思いついた。ちょっと待って」
イコマは、この娘と知り合えてよかった、としみじみ思う。
潮の香りを楽しんだ。
瓦礫に埋もれ、遺跡となりつつあるこんな場所でも、海は気持ちいい。
「んー、今、ンドペキはまだアリーナの近くにいるみたい。彼、たいていはGPSをオンにしていて、自分の居場所を仲間には知らせてるの」
「へえ、そう。政府に引っ張り出されて、詰問されてるわけでもないんだ」
「聞いてみる」
人類の数が大きく減少し、地球上での生産が極少化したことが、海の自然には好影響を及ぼしている。
かつては、宇宙に並ぶフロンティアとしてもてはやされた深海も、結局は手付かずのままだったことも幸いしている。
汚染はまだ残っているだろうが、海洋生物は息を吹き返しつつあると言われている。
漁船が意気揚々と出漁し、恋人達や子供達が波と戯れる日々はまた来るのだろうか。
ふとそんなことを思った。
「ンドペキに特別の指示はないみたい。連絡はいつでも取れるようにしておけ、ということだけで。退屈してるって」
「へえ、そうなんだ」
「ハクシュウは、どこかに今日のことを報告したみたいだけど、って言ってた」
「ハハ、時の人なのに、所在なしかい。で、もうひとりの代表者、レイチェルってのは?」
「知らない。結局、何の情報もないって」
「ふうん」
「ねえねえ、作戦中に女性とすれ違ったでしょ。とんでもないスピードだった人。あれがレイチェル?」
「さあ。かもね」
イコマは、それらのことを調べてみようと思った。
チョットマが立ち上がった。
そろそろおしゃべりは終わりだ。