449 プロポーズもしてもらえなかったけど
「いやはや、なんともいえない気分だ!」
フライングアイが何度も感嘆詞をつけて言う。
「僕はあのとき、死んだのか! ユウに! おまえに! おまえに抱かれて!」
「そう。私は、ノブが死んでしまうとわかった。だから、あることをした」
「そうか!」
「うん。私はね、あなたの体のサンプルと、あなたの脳に蓄えられた記憶をすべて記録した」
「クローン!」
「そう。二体」
「えっ、二体!」
ユウは穏やかに話している。
六百年前に起きた不思議。
イコマにとって、小さくはなれど、決して消えることのない金沢での不思議。
それが解説されようとしていた。
「ひとりは大阪に届け、ひとりはマトになる申し込み所に連れて行った。私が付き添って」
「えええっ!」
「怒ってる?」
「怒るわけがない! 僕にとって、本当に女神だったんだ!」
「女神じゃない。私はあなたを心の底から愛していた。ただそれだけ」
ンドペキはクローンだった。
イコマもまた、生駒のクローンだった。
「当時はだれも、クローンだなんて思いもしない。アギにだって、マトにだって、なることはできたのよ」
一体は、マトに。
もう一体は、アギに。
「あなたがアギになることはわかっていた。ノブの性格からすると、マトになるとは考えられなかった。だからもうひとりのクローンはマトになって欲しかった」
「そう。僕はアギになる以外、考えもしなかった。すべての思い出を……」
「でしょう。ノブは肉体を求める人じゃない。心を求める人。思い出を捨てて、身体を欲しがる人じゃない。自分の記憶を、生きた証を、意思や思いを、そして私の思い出を大切にする、そういう人」
「あのころ、僕にとって、おまえとの思い出だけが生きていく支えだった」
「わかってたよ。曲がりなりにも私、ノブの恋人だから。プロポーズもしてもらえなかったけど」
「つっ、それは」
「わかってるって。恨んでなんかいないよ。それがノブの優しさであり、もっとも悲しいところだったから」
ンドペキは、イコマは、心からユウに申し訳ないことをしたと思う。
ユウが今、あえて口にした、プロポーズもしてもらえなかったという言葉に、胸がえぐられるような思いがした。
やはり、そのことがユウを苦しめていたのだ。
自分の独り合点や思い込みが、最愛の人を苦しめていたのだ。
六百年経ってなお、ユウの心に鉄球のような錘を落とし込んだままなのだ。




