43 ピクニックの続き
「ねえ、パパ、あれ、なんだったと思う?」
「川向こうの軍勢のこと?」
「うん、軍勢というほど戦闘的じゃなかったけどね」
サリの捜索作戦がアリーナで解散となってから、チョットマは街には帰らず、もう少しピクニックしよう、と誘ってくれた。
もとより、イコマに異存はない。
アリーナからさほど遠くないところに、かつての港があった。
岸壁は崩れ去り、ガラクタとなったクレーンや建物の足元を波が無雑作に洗っている。
海は青く、以前のような悪臭を放ってはいない。
沖合いの白波が繋がっては消え、潮の香りが満ちていた。
「このあたりは、あまり強いマシンはいないよ」
リラックスして、チョットマは巨大なコンクリートの塊に腰をかけている。
イコマは、その肩にとまっている。
フライングアイは、視覚と聴覚を備えているだけではない。
嗅覚もあるし、気温もわかる。
重力だって感じることができる。
電波的な会話を楽しむことができるし、音声でも話ができる。スピーカを通して。
そして、きわめて小さいものだが、手や足も備えているのだ。
そんなフライングアイが、チョットマの肩に乗っかって話をする。
まさしく、目玉親父。
「高度に人間的な生物、としか言いようがないね」
「人間じゃない、ってこと?」
「難しいね、その質問は」
「でも、人の言葉を話してたよ」
「まあ、たぶん、人間だな」
「へえ! パパはああいう人間を知ってるの?」
「いや、初めて目にした。ただ……」
思い当たることはあった。
「ただ?」
「いや……、昔読んだSF小説のシーンを思い出しただけ」
今から四百年ほど前のことになる。
最終戦ともいえる世界大戦を経て、人類はまさに滅びようとしていた。
すでにワールドと称する世界政府が樹立していた。
だが、世界規模で進む人類の衰退を押しとどめることはできなかった。
大地、大気、海洋の汚染がいよいよ深刻化し、エネルギー、食料の逼迫度合いは増大するばかり。
加えて、疫病の蔓延。
人口の急激な減少はどのような手段をもってしても食い止めることはできなかった。
社会がすさむ一方、神を信じる者たちは、その信仰心を先鋭化させていた。
存在しようがしまいが、神というものにすがるしか、救いはなかったのである。
アメリカ大陸の荒野で生まれたある教団の教えが、瞬く間に世界中に広まったのはそんな時代だった。
「神の国が宇宙のどこかにある」
「宇宙は神が作られ給うたもうたものである」
「救いは神の国にこそある」
神の定義にもよるが、ありもしないそんな考えが、いつしか伝説となり、あまねく宗教の壁を超えていった。
伝説は、あるものにとっては真実となり、あるものにとっては都合のいい教義となった。
ただ、世界の宗教がひとつになる初めての萌芽ともなったのである。
そして、ついに超党派宗教ともいえる「神の国巡礼教団」が生まれた。
しかも、瞬く間に世界政府と肩を並べるほどの力を持つに至ったのである。
もちろん、教団が巨大化する過程では、世界各地で紛争が起きたし、多くの世界企業が犠牲になった。
教団に取り込まれ、資金製造の役割を担わされた企業も多い。
一連のテロ事件も教団の罠だといわれた。
つまり、人々を不安に落としいれ、理性的に考える力を奪うために。
紛争に乗じて、資金を得、甘言によって、脅迫によって、人々を入信させていったのである。
その頃すでに、すべてのマトは、故国ではない世界中の街に散らばっていたことも、教団拡大を速めたといえる。
地縁や血縁が究極といえるまでに薄くなり、結び付きを失った人々は、何かに属することによって得られる心の安定を求めていたからである。
信者は四百万人とも六百万人とも言われていた。
当時の地球人口からみれば、四人にひとりは入信していたことになる。
彼らは、その数、資金力、知力、武力、いずれにおいても当時の地球上のあらゆる組織、団体の中で最大かつ最強の集団であった。
地球周回軌道上に「神の意思」と呼ぶ巨大な都市を百体以上も築き、生産拠点はもちろんのこと、独自の流通網と移動手段を持ち、莫大な物資を蓄えるに至っていた。
ワールド政府は有効な手を打てないまま、座視するしかなかった。
あくまで自分たちが正統な政府であるという面子にこだわり続けていたのみである。
ワールド政府と神の国巡礼教団。
地球上にはふたつの政府がある。
まさに、そんな状況であった。
あるとき、教団が数百艘の宇宙巡航船で構成された巨大な船団を構築していることが明らかになった。
戦争……。
今この時点で地球全体、及び宇宙空間に散らばる人類基地や衛星を巻き込む戦争が起きれば、もはや人類は破滅。
それは火を見るより明らかだった。
ようやく、ワールドは動き始めた。
ワールド大統領と教団最高指導者である教皇の初めての会談が行われたのは、光の柱に支えられた英知の壷のひとつ、ピースである。
後の世にいう「ピース会談」
仲介したのは、ひとりの女性だといわれている。
類稀なる美貌と、人の能力を超越した魔力を持つといわれたが、その実像は明らかにされないままだった。