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438 お嬢ちゃん 挨拶は終わり

 予想通り、ライラは満面の笑みで扉を開けた。


 そしてやはり、前置きなしに、例のタブレットの作り方を教えろと迫った。

「まさか、魔法じゃないだろ。製造方法があるんだろ」


 しかしスゥは、ライラの要求をばっさり切り捨てる。


「盗み聞きするとは、サキュバスの庭の女帝も落ちぶれたものね!」

「なにを言う! あそこで夫を偲んでいて何が悪い!」

「やはりね。どこに隠れてたの?」

「ふん! 夫はあれでも技術者。あれだけの装置があるんだ。通気口を作り忘れるほど、ボンクラじゃないよ」

「ふうん。じゃ、今から、あなたの記憶を消す。言い残すことは?」

「なに!」

「記憶を元通りにするのが簡単なことなら、消すのも簡単なこと」



 ライラも百戦錬磨。

 これしきの脅しには、ひるむ様子もない。

 美しい髪のセットに手をやって、

「そうか。それならその方法も教えてもらおうか」と、のたまう。

「バカも休み休み言ったほうがいいと思うよ。なぜ、私があんたに教えなくちゃいけない?」


 ライラはフライングアイをチラリと見て、

「イコマかい? それともンドペキかい?」

 と、唇の端をゆがめた。


「たとえ、東部方面隊の隊長でも、その姿じゃ、あたしにかすり傷ひとつ負わせられないだろうね」

 憎々しい目を向けて、椅子に座った。



「さあ、お嬢ちゃん。挨拶は終わり。お食べ」


 テーブルの上に、マンゴーがカットされて盛られてあった。


「珍しいだろ。こんなに色が濃くてみずみずしいのは。毒入りマンゴーじゃないし、魔法のマンゴーでもないよ。正真正銘、さっき市場で買ってきたばかりのマンゴー」


 スゥも手近な椅子に座ると、オレンジの果実にフォークをプツリと突き刺した。




「あたしゃ、あのタブレットをみんなに配りたい」

「で、たんまり儲ける」

「うんにゃ。マトやメルキトが記憶を取り戻せばいいと思う。どうせ、もうすぐ死ぬ。いい思い出を枕に死なせてやりたいと思わんか」


 ライラもマンゴーにかぶりついた。

「命はアンドロに握られている。彼らの指先ひとつで消去させられる。逃げ場なんてない」


「ここがあるじゃない。それに洞窟も」

「フン。いつまでも持つわけじゃない。第一、街に人っ子一人いなくなったんじゃ、この地下であろうが、洞窟であろうが、半年も持つまいて」


「アンドロ軍に負けると思ってるのね」

「ふん。勝てるものか。何しろ連中の本拠は別次元」

「そこで相談なんだけど」


 スゥがふたつ目のマンゴーにフォークを伸ばした。

「これ、おいしいね」



「オーエンと旦那様に、協力を頼みたいのよ。彼らが次元の入り口を作ったんでしょ。それなら閉じることもできるんじゃないかと思って」


 ライラがぎろりと睨んだ。

「次元の入り口を維持するのに、莫大なエネルギーが使われている。それを止めればいい。オーエンやうちのやつに協力させる必要もないさ」

「でも、そのエネルギー自体がアンドロに支配されてるんだから」

「ハハ。その通り」



「それにね、ライラ。あのエーエージーエスを通れば、政府機関の中枢に攻め込むことができる。アンドロを一掃すると同時に、次元の入り口を閉じてしまえば、こちらにも勝機があるんじゃないかな」

「さあ、どうかな」

「少なくともニューキーツでは、勝てるかもしれない」

「他の街はどうする」

「他の様子はどう?」

「正式な発表なんてどこにもない。あくまで噂レベル。アンドロ軍によって陥落した街もあるそうだ」

「え、そうなの。それじゃ、やはり次元の入り口を閉じるしか手がないじゃない」



「さあてと」

 ライラが気のない返事をする。


「もしかして、ライラ」

「ん?」

「人類が滅びてもいいと思ってる?」

「いいや」

「パリサイドを押さえ込めるのは、アンドロしかいないと思ってるとか?」

「うんにゃ」

「じゃ、どうしてオーエンと旦那様に協力してもらおうと思わない?」



 ライラがそのあたりに唾を吐き散らすかのような顔をした。

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