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39 記憶 遠い過去のこと……
綾の視線が、光の柱に移っていく。
今から生駒が歩いていく道筋を確かめるように、荒野をなぞって。
「綾ちゃん、今までありがとう。僕と一緒にいてくれて。たいしたことをしてあげられなかったね」
「やめて、そういうことを言うのは」
綾が目を強く閉じた。
「おじさんはちゃんと無事に帰ってくる」
「安心して。僕も諦めてないよ」
「おじさんはきっと帰ってくる。それは確かなこと。私には分る」
「この光だ。僕の姿はすぐに見えなくなるだろう。そうしたらさっさと帰るんだ。とりあえず、県庁まで無事に」
「……」
「いい?」
「うん……。大丈夫……」
「こんなことを言うのはなんだけど、大阪のマンションは綾ちゃんが自由にしていいよ」
「わたしは、大阪で待ってます」
頓珍漢でかみ合わない会話になった。
こういうシーンで、愛する相手にどんな言葉をかければいいのか、生駒は知らない。
「なんだか、うまく言えないけど……」
綾が生駒に抱きついた。
生駒は思い切り強く抱きしめた。
綾と知り合ったころ、綾の瞳に自分の娘に対するような感情を抱いた記憶……。
そんな自分に驚いたことを、また思い出した。
そして……。
川の字になって眠ったあのとき、綾の向こうには優がいた。
思えば、あの日。
それが、三人の素敵な暮らしの始まりだった。
遠い過去のこと……。




