323 歌、習いたいな
ンドペキ隊は行動を開始した。
ホトキンの間に物資の移動を始め、要塞化を進めている。
装置部屋の通気口が地上に通じており、人が通れる大きさであることを確かめていた。
ただ、レイチェルが地下水系に流されてしまった今、騎士団が立て篭もっているというシェルターに、どのようにして近付くことができるのか、分からない。
トライしてみるしかない。
作戦会議には、JP01あるいはKC36632が参加するようになった。
時には、チョットマとスミソを助けてくれたKW兄弟が来てくれることもあった。
ライラの娘がパリサイドとして地球に帰還しているかどうかも、調べてくれるよう依頼してある。
地球に帰還したパリサイドの中で、自分の立ち位置について、ユウは多くを語らなかった。
しかし、イコマは楽観していた。
もう絶対に離れない。
街には帰れないというハワードも、洞窟の一員となった。
レイチェル直属のシークレットサービスは、ハワードを含め七名いるという。
彼らとの接触も、イコマとスゥによって試みられている。
できれば洞窟に合流させたいとハワードは言う。
そして、チョットマのSPになりたいと言うが、付き人なんか要らない! と拒否され続けている。
アヤを愛しているという言葉は、本当だったようだ。
しかし、アヤは相変わらず乗り気ではない。
そんな失恋も経験すればいい。イコマはそんな目で、このアンドロを見ていた。
「ねえ、パパ。今、話せる?」
チョットマは、外見的には元気だ。
元気なだけではなく、精神的に少し強くなり、存在感が増した。
ロクモンの隊の中には、忠誠めいたものを感じている隊員もいる。
もちろん口には出さないし、レイチェルの再来か、ということでもなく。
「なんだい?」
「私さ、街に帰ったら、やってみたいことがあるんだ」
「ほう!」
「歌、習いたいな。あのヘルシードのひとつ目のお姉さん、教えてくれるかな」
「いいね!」
アヤの回復は目覚しく、作ってもらった義足を使いこなしている。
かつて兵士だった経験も手伝って、今では立派な後方隊員。
ただ、やはりイコマをおじさんと呼ぶ。
もちろん、それでいい。
アヤとチョットマは互いに姉妹と言い合って、仲がよい。
アヤが、聞き耳頭巾の布をチョットマに使わせようとするが、勘弁してと逃げ回られている。
スゥは、自分の気持ちをさらけだしたことによって、吹っ切れたのだろう。
物資調達に情報収集に、街にエリアREFにと、飛び回っている。
ユウは、連日、イコマのバーチャルな大阪の部屋にやってくる。
ややもすれば、そこが作戦会議室になってしまいそうになるが、できるだけそうならないように、ふたりの時間を恋人らしく過ごそうと努めている。
プリブが合流してきた。
あの鉄の橋を渡ってプリブが姿を現したとき、チョットマは誰憚ることなく抱きつき、わんわん泣いた。
「再生、間に合ったんだね! よかった!」
「どういうこと?」
「どうでもいいよ! そんなこと!」
「なんだよ」
そして、ンドペキは。
ユウとスゥのどちらをとるのか。
正直に言うと、決めあぐねていた。
アギのイコマとの同期は、こちらもまだ完全とはいかないようで、相変わらず、ふたりの意識が同居した状態のままだった。
自然と、アギのイコマはJP01すなわちユウと。
ンドペキはスゥと。
そんな棲み分けができつつあった。
ユウもスゥも、その状態をなんとなく受け入れているようだった。
それはそれでいい。
街を奪還し、人々が新しい暮らしに慣れる頃には、何とかなるのだろう。
ンドペキは思う。
自分の愚かさによって、レイチェルとサリというふたりの女性を失ってしまった。
ふたりの表情が、ふたりの声が、そしてふたりの名前が心から消えることはないが、沈んだ顔は見せるまい。
目の前には隊員たちがいる。
アヤがいる、スゥがいる、ユウがいる。
そして、チョットマも。
サリと同じ任務を与えられていたチョットマが。
自分がもし、彼女の気持ちに気づいていて、あの日、サリではなくチョットマを、と考えていたなら、彼女の運命はサリの運命だったはず。
これ以上、チョットマを悲しませるわけにはいかない。