321 傷は浅いものでありますように
ハワードの任務。
レイチェルから指示された秘密の指示。
長官のシークレットサービスの一員として。
イコマはこの内容に確たる考えを持っているわけではなかった。
状況を積み上げると、そうに違いないと思うばかりで、証拠は皆無。
それに、それはンドペキにも関わること。
ひいては他の隊員にも関わること。
だからこそ、ハワードの口から話して欲しいと思っていた。
「先ほど来、イコマさんが示唆されていること。そのとおりなのです。つまり、レイチェル長官はサリを使ってお相手探しをされました。そして、ンドペキ隊長がふさわしいと思われたのです。むしろ、ンドペキ隊長に本当の恋をされたといっていいでしょう。実は……」
ハワードがまた苦しそうな表情をした。
イコマは、もしハワードが話さないなら、自分が推理を展開し、ハワードの追認を求めようと考えていた。
しかし、それは杞憂に終わりそうだ。
ハワードは苦しみながらも、真実を話すだろう。そんな気がした。
「私の任務は、レイチェル長官のクローンであるサリを見守ることでした。データ化された情報ではなく、この目で見て、この耳で声を聞いて。そして万一の時には身を挺してでも守る、というものでした」
ハワードは街に出て、サリにつかず離れず、時には声を掛けて顔見知りになり、場合によっては特別にあてがわれた一人用の飛空挺を駆って、サリの様子を見ていたという。
「サリの消息不明が、東部方面攻撃隊の中で話題になっていることも知っていました。私は心が痛みました。あれは、レイチェル長官による強制死亡処置なのです」
長官のお相手探しの「人形」としてのサリの役割は、終ったわけではありません。
しかし、ンドペキ隊長を見つけたことによって、ひとつの成果を挙げたわけです。
彼女は、次の候補探しを始めなくてはいけません。
そのために、レイチェル長官はサリを強制死亡処置にしたのです。
タイミングは、ンドペキ隊長がサリを食事に誘ったことで確定しました。つまり、即刻です。
そして、記憶を抹消した状態で、いずれ再生させるはずだったと思います。
「ではなぜ、サリはまた東部方面攻撃隊に合流しようとしているのか。私は恐れました。単なる合流を画策しているのではないのでは、と」
最も可能性が高いと感じたのは、復讐です。
レイチェル長官に対して。
自分を人形として扱い、強制死亡処置にし、ンドペキへの想いといった大切な記憶を消し去ってしまおうとしたレイチェル長官に。
そのような思念、もっといえば思いつめた強い感情が、再生時に彼女の脳にインプットされたのではないでしょうか。
感情といった曖昧なものではないかもしれません。
もっと強い、あるいは脅迫めいた、あるいは狂った、そんな心がサリに埋め込まれたのかもしれません。
先ほども申し上げたとおり、サリの再生はレイチェル長官が指示されたものではありません。
それができるのは、今や暫定長官となったタールツー、あるいはその周辺の幹部だけです。
レイチェル長官を亡き者にすることは、タールツーにとって非常に好都合です。
そして、その刺客に、サリが適任なのです。
この洞窟に、大手を振って入ることができます。
そして、容易にレイチェル長官に近付くことができるのです。
「だからこそ、ここまで来たのに……」
ハワードがまたむせび泣いた。
もうこれで十分だ。
ハワードよ。
これ以上、話さなくてもいい。
傷つく人が増えるだけだから。
「ということだったのです」
イコマはそういって、締めくくろうとした。
しかし、アンドロ、ハワード。
几帳面なアンドロ。
誰かを慮って、ここで話を終えることは、できないアンドロ。
ポツリと言った。