320 本当の任務
「端的に言おう。それはハワードに関係したこと」
フライングアイの言葉に、隊員達の目が部屋の隅に蹲ったアンドロに向けられた。
「ハワードに、僕は謝らなくてはいけない。彼は、正真正銘のレイチェルの部下。というより信奉者と言っていいかもしれない。レイチェルを追って水流に飛び込むなんて」
ハワードは依然として頭を抱えたままだったが、ゆっくりと顔を上げた。
「だが彼は、僕に嘘をついていた。その嘘に気付いて、僕はあることに気付いた」
ハワードはサリの消息について調べてみると言いながら、これといった報告はなかった。
僕は、彼が隠しごとをしているのではないかと感じ始めた。
なぜ、隠す必要がある。
サリの件は、アヤ、つまりハワードにとってのバードの失踪に関係しているようでもないのに。
ハワードは情報局の一職員とはいうものの、特殊な情報も持っているのではないか。
僕はそう感じ始めていた。
当初、ハワードは、レイチェルは雲の上の存在で、自分は近付くことさえできないと言った。
しかし、アヤはこう言ったのだ。
ハワードがレイチェルとふたりで話しているのを、何度か見かけたことがある、と。
そして現に、洞窟にやってきたとき、レイチェルは上機嫌で出迎え、話したいことがあると言った。
ハワードはハワードで、ンドペキに、あなた個人に関わりのある任務であると仄めかした。
では、ハワードの任務とは、どういうものだったのか。
「ここから先は、ハワード自身に話してもらった方が正確でしょう」
イコマはハワードに説明を促した。
ハワードは、もう泣いてはいない。
さっぱりした顔で、しかもクリアな瞳でフライングアイはじめ、作戦会議室の面々を見つめている。
自分の出番があるのではないか、と期待さえ込めた表情で。
「レイチェル長官が殺されてしまった。そうなった以上、私の任務は消滅したといえるでしょう」
予想通り、そういってハワードが説明を始めた。
「先ほどのイコマさんの推理に感服いたしました。おっしゃるとおり、サリはレイチェル長官のクローンです。ハイスクールの最終学年、卒業直前に編入いたしました。レイチェル長官とあまり大きな年齢差があると……、ううっ」
と言うなり、突っ伏してしまった。
そして、おいおいと泣きだした。
子供のように、口を開けて。
イコマは驚かなかったが、ロクモンなどは思わず手を差し伸べかけ、スジーウォンは目を剥いた。
「私は、任務を……」
ハワードはしゃっくり上げ、手の平で涙を拭った。
アンドロならではの感情の爆発である。
コントロールがままならないのだ。
「……、全うすることができませんでした……」
そして、また涙をこぼす。
「私がここに来たのは、長官をサリから守ろうと……」
ハワードは、サリが再生されたことを知り、彼女の様子を見ていたという。
IDも変わっていたし、名前も変わっていた。
「サリは記憶が抹消されて再生されたものと思っていたのです。しかし、様子がどうもおかしい。東部方面攻撃隊の行方について、情報を集めているようでした。そして昨日のことです。ジャンク品の兵士用ブーツを手に入れたのです」
この洞窟に向かうためではないか。
なぜ。
東部方面攻撃隊に合流しようとしているのだろうか。
「しかし、IDも名前も変えているのです。というより、変えられていたのかもしれません」
稀に、政府の意向によって、再生される人の記憶や性向が操作されることがあります。
そのほとんどは犯罪者。
無害化するための処置として。
「サリにもそのような処置が施されたのではないか、と考えました。時期的に考えて、再生はレイチェル長官が意図したものではありません。それに……」
ハワードは言いよどんだが、やがてきっぱりとした声で言った。
「私の本当の任務について、お話しします」