319 今や急ぐ必要はない
「今、お話ししたいくつかの視点を繋ぎ合わせて、僕はひとつのストーリーに思い至った」
そう言って、イコマは話を再開した。
「ずばり言おう」
レイチェルは自分の伴侶を探すため、自分のクローンを作った。
そして、街に放った。
極めて不敬な言い方を許していただきたい。
クローンに、私の「いい人」を見つけておいで、と。
そして、白羽の矢が立ったのが、ンドペキ。
「そんな……」
チョットマが呟いたが、イコマはそれを無視して、
「それで、すべての説明が可能になる」と、言いきった。
サリは、ンドペキが気に入った。
ンドペキもそれなりに。
会話や行動は、常にモニターされている。
そう。
ンドペキがサリを食事に誘ったあの瞬間も。
食事の誘いを、サリは拒みはしなかった。
イエスとも言わなかったが。
その直後、サリの姿が掻き消えた。
強制死亡処置。
消去。
それは、レイチェルの指示ないし承認なしに行われることはない。
そしてその後、レイチェルがンドペキの前に現れたのです。
サリの容姿とよく似たレイチェルが。
まるで、恋人候補よ、というように。
JP01の要請があったとしても。
レイチェルにはかなり失礼な言い方をしている。
許して欲しい。
この推論、僕は当たらずとも遠からず、だと思っている。
彼女の言動は、それほど顕著だったと思うからです。
「異論、ありませんね」
予想通り、ロクモンが目を剝いた。
「それは、おぬしの仮説でござるな」
口調に怒気を含んでいる。
立場からすれば、聞き捨てならぬのは当然。
「そう。あくまで推測の域を出ない」
ここから先は、いよいよ思いつきレベルの話になる。
華を添えてくれるのはハワードだ。
下打ち合わせなどしていないが、きっと応えてくれると信じるほかない。
応えてくれなければ、推論は崩壊してしまうだろう。
「ですが、仮説を裏付ける事実を発見したのです」
イコマは間をおかずに、話を展開していった。
サリはレイチェルの恋人探しのためのクローン。
その任務を果たしたため、一旦、強制死亡処置となった。
秘密裏に製造されたクローンのため、サリの基本データはなかった。
これが僕の推論の根幹。
ちなみに、サリの再生が遅れたことには理由がある。
自動的に再生される対象ではない。
なぜなら、レイチェルがサインした強制死亡処置。
ところがそのころ、レイチェルは多忙を極めた。
パリサイドの問題。
当時、一般にはまだ伏せられていたが、パリサイドのコロニーが形成されていくのを政府が発見できなかったはずがない。
政府内部では、いや、ワールドの会議では、それが喫緊の課題になっていた。
パリサイド側の要求は、概ね予想がついていたと思う。
一年前には、友好のためと称して使節団が地球を訪問しているのだから。
連日、ワールドの首都であるアームストロングで会議がもたれていた。
レイチェルはほとんどそこに滞在したきりだった。
バーチャルでの会議もあったろうが、さすがにこのテーマは、実際に会って話し合われていたようだ。
当時、ニューキーツの行政庁内にレイチェルが不在がちだったことは、アヤから聞いていた。
単純な話だ。
レイチェルは、サリの再生許可のサインをする時間がなかっただけなのだ。
むろん、サリの再生はレイチェルにとって、今や急ぐ必要はない。
ンドペキは自分のもの、だから。
「僕はこの推論を仮説として考える。では、これを裏付ける事実はあるのか」
この話をすれば、今この部屋に集まっている者の中に、傷つく者がいる。
成り行きに任せるしかないが、どうか、傷は浅いものでありますように。
そう祈るしかない。