317 恋をしたい女の子
イコマは話題転換のために間を取った。
一気に結論のみを話すこともできる。
しかし、今や重要なのは、レイチェルを刺したのは誰か、より、なぜ、という方にフォーカスしなくてはならない。
そのためには、順を追って丁寧に話す必要がある。
詳しく話せば話すほど、苦しむ者を増やすことになるかもしれない。
しかし、乗り越えなければならないのだ。
「次に、レイチェルにスポットを当てておく」
地球上にいる六十七人のホメムのひとり。
彼女には大きな責務がある。
それは、子孫を残すこと。
しかしもう、できない相談なのだろう。
相手となるホメムがいない。
レイチェルは、我々が想像さえできないほど、思い悩んでいたと思う。
もはや、相手はマトでもメルキトでもいい。とにかく自分の子を、と。
それがホメム最年少の女性である自分が最低限成すべきこと、だと。
そして、涙ぐましい努力を重ねていた。
あんなにかわいらしい、まだあんなに若い女の子なのに。
普通なら、友達と騒いだりしたかっただろう。
誰が好きだとか別れたとか言って、経験をいくつも積んでいく年頃なのに。
彼女は、今すぐにでも伴侶を見つける必要がある、という観念に囚われていた。
冷凍保存されたヒトの精子もあるだろう。
しかし、それらは肉親あるいはそれに近い者のもの。
それにレイチェルは若い。
恋をして、というステップにこだわりがあって当然。
だからこそ、街に出て、ダンスの稽古などに通っていたのでしょう。
いずれにしろ、一刻も早く、というのが彼女の思いだったはず。
ところが、日常は多忙。
日々の行政決済は山済み。ワールドの会議。
マトやメルキトの男性と普通に出会える機会は、ほぼない。
なにしろ、街政府の代表であり、行政長官であり、軍の司令官。数多の肩書。
そんな中で、自由な恋愛など、望むべくもない。
それでも、彼女は少ない持ち時間をフルに活用して、友達を作っていた。
ただ、その数は数えるほど。
そのうちのひとりが、アヤ。
そして、なんと、サリ。
彼女の葛藤。
ややもすれば、歪んでいるとも見える輻輳した精神構造。
皆さんも気付いていたと思う。
二十そこそこの女の子が、けなげにも、恋をしたい女の子のレイチェルと、行政長官あるいは軍の最高司令官としてのレイチェルを、必死で演じていたわけです。
泣き言も言わず、自暴自棄になることもなく、強靭な精神力で。
僕は彼女のそんな姿を見て、心が痛みました。
そして、月並みな言い方だが、レイチェルの未来に幸あれ、と祈らずにおれなかった。