315 「ちがう!」「最後までお聞き」
遡ること約二た月。
サリの失踪。
ンドペキと二騎、アドホールへ向かう途中。
ハワードの調査によれば、サリの死亡記録はない。
戦闘であれ病であれ事故であれ、通常死の場合は、自動的に死体は回収され、やがて再生処理が始まる。
そして、記録に残される。
強制死亡処置の場合の再生には、長官であるレイチェルのサインが必要となるが、通常死の場合、その必要はない。
その記録は、誰でもその気になれば閲覧できる。
ハクシュウは隊長として、その記録簿を確認したはずだ。
ところがサリの名はない。
従ってハクシュウは、死亡したのかどうかを、現地で確かめたかったのだろう。
ハクシュウ隊は全員で、サリが失踪したエリアに捜索に出た。
彼の頭の中では、弔いの意味も込めた訓練の一環であったろう。
そしてもちろん、シリー川にコロニーを築いた謎の生体群の視認調査も兼ねていた。
結局、傷ついたサリはおろか、痕跡、つまり肉体及び装備品は何ひとつ見つからず、死んだのかどうかさえ分からない。
何もない。それが確認されただけに終わった。
ところで、KC36632がサリの顔を持っていたことによって、サリはつまりパリサイドではないか、言ってしまえばKC36632と同一人物ではないか、と考える向きもあった。
しかし、これは違う。
なぜ、そう言い切れるのか。
KC36632は、サリの顔を拝借したと言ったが、そのときの状況を聞くことができたからだ。
その内容を今ここで述べることはしない。
ただ、彼女の話は信じるに値すると僕は考えている。
現実に、御大将を刺しておいて、その直後、刺した相手の仲間を支援するなど、常識的に考えにくい。
パリサイドは人間。ロボットではない。
心がある。
いや、KC36632がレイチェルを刺した理由を、思い付きならいろいろ並べ立てることはできるだろう。
しかし、その意味はないし、無駄なこと、と僕は断言する。
「KC36632とレイチェル、接点がない。恨みを抱くような関係はない。そして、パリサイドとしてレイチェルを亡き者にすることに何ら利はない」
イコマはユウから聞いたこと、つまりKC36632が地球人類ではなく、パリサイドとして生まれた人だということは言わずにおいた。
そこまで披露せずとも、KC36632がレイチェルを刺す理由をあげつらう意味はないことは伝わるだろう。
「思い出して欲しいことがある」
パーティに現れたサリは、兵士用のブーツをはいていた。
KC36632には必要ないものを。
KC36632がレイチェルを刺したのではない。
サリは、KC36632ではない。
パリサイドでもない。
「このことは、これからお話しすることの前提となる。よろしいか?」
チョットマが両手で目を覆った。
「重要なもうひとつの側面について考察してみよう」
サリの死因。
つまり、誰かに殺されたのか、戦闘によって命を落としたのか、はたまた何らかの理由によって強制死亡処置が執られたのか。
殺された場合。
犯人は誰か。
真っ先に思い浮かぶのは、同行していたンドペキ。
もうひとり、クシという人物。
東部方面隊の元兵士で、放逐処分になった男。
いすれも、完全武装したサリを倒す能力を有している。
まず、ンドペキ。
「ちがう!」
叫んだのはチョットマだ。
「最後までお聞き」
イコマは穏やかに諭して、チョットマが落着くのを待った。
先ほどからチョットマは、嗚咽を漏らすまいと堪えている。
緑色の髪が小さく震えている。
「ンドペキ、チョットマ、あの話をしてもいいかい?」
耐え切れず、チョットマは泣き出してしまった。
それでも「うん」と頷いた。