31 記憶 白い砂
峠に差し掛かった。
一歩登るごとに、視界が開けてくる。
「あああっ!」
目の前に広がる光景に息を呑んだ。
この世の現実とは思えないほどの、光が満ちていた。
まぶしさが目を焼いた。
かろうじて、まぶたの隙間から見えた光景。
一面の荒地。
全くなにもない。
ただ眼前にあるのは、乾ききった白い大地だけ。
空気中のあるとあらゆる微粒子が光を帯びているかのようだ。
大気そのものが白く輝く中、巨大な建造物がおぼろに浮かんでいた。
距離感はまるでない。
数キロメートル先か。
白い荒野の只中。
光はその建物から、空に向かって突き立っていた。
直径数十メートルの光の束。
ダイヤモンドが超高温で燃えているかのような色を帯びて。
大気を真っ二つに切り裂いて。
これほどに強い光を見たことがあったろうか。
むしろそれはもう光ではなく、極めて高密度で白く硬い金属が、宇宙の果てまで伸びているかに見えた。
そしてこの先の荒野には、風さえも吹かないと思えるほど、張りつめた大気だけがあった。
「おじさん」
「うん?」
「わたし、ここから先は行かない。邪魔になると思うから」
「ああ、戻ってくれ」
短い会話。
恐れからそう言いだしたのではない。
生駒が目的を全うするために、足手まといにならぬよう。
「ついて来ちゃだめだよ」
「うん。ここで見てる」
綾の瞳が潤んでいる。
少女のころ、この瞳に生駒は魅せられた。子供を愛することとは……と。
そんなことをふと思った。
綾の視線が、光の柱に移っていく。
今から生駒が歩いていく道筋を確かめるように、荒野をなぞって。
「綾ちゃん、今までありがとう。僕と一緒にいてくれて。たいしたことをしてあげられなかったね」
「やめて、そういうことを言うのは」
綾が目を強く閉じた。
「おじさんはちゃんと無事に帰ってくる」
「安心して。僕も諦めてないよ」
「おじさんはきっと帰ってくる。それは確かなこと。私には分る」
「この光だ。僕の姿はすぐに見えなくなるだろう。そうしたらさっさと帰るんだ。とりあえず、県庁まで無事に」
「……」
「いい?」
「うん……。大丈夫……」
「こんなことを言うのはなんだけど、大阪のマンションは綾ちゃんが自由にしていいよ」
「わたしは、大阪で待ってます」
頓珍漢でかみ合わない会話になった。
こういうシーンで、愛する相手にどんな言葉をかければいいのか、生駒は知らない。
「なんだか、うまく言えないけど……」
綾が生駒に抱きついた。
生駒は思い切り強く抱きしめた。
綾と知り合ったころ、綾の瞳に自分の娘に対するような感情を抱いた記憶……。
そんな自分に驚いたことを、また思い出した。
そして……。
川の字になって眠ったあのとき、綾の向こうには優がいた。
思えば、あの日。
それが、三人の素敵な暮らしの始まりだった。
遠い過去のこと……。




