306 やっとおまえのことを思い出したんだぞ!
「しかし、手違いが起きた。もう少し後の私を作っておけばよかった」
目が合った。
何か言わねばならない。
「つまり、俺以外の人が好きになった?」
「ちょっと違うけど、ノブのことを……。そしてマトになって……」
「その責任は俺にある。おまえを、その、愛しきれていないというか、まだ……」
ンドペキの中のイコマの意識が話している。
「ううん。違うのよ。早すぎたのよ。ノブのことが好きだったけど、なんていうか、歳の離れたおじさんと、その、いいお付き合いになればって感じでしか……」
ユウのクローンは、自ら進んでは、クローンであるイコマに会おうとしなかったという。
「私はそのミスに気付けなかった。そう、自由が制限されてしまっていたから」
今、スゥの口から出る言葉は、ユウの意識が発している。
「私の希望では、クローンのノブと私が、そしてノブがマトになってからも私と、睦まじく暮らしていくことだった。そして、私自身が帰ってきたとき、アギのノブも含めてみんなで仲良く暮らすことだった。でも……」
「海の中で、最初に探したのは、クローンからマトになっているはずの私」
ンドペキは、悲しかった。
これもまたユウの話。
スゥ自身の話を聞きたい。
「スゥと名乗っている呪術師。私は、とある海岸で待ち伏せ、ンドペキにしたように記憶を共有し、意識や思考を同期させた。自分にするんだから、方法はもっと強引だったけどね」
突然、スゥが苦しげな声を出した。
「ンドペキが苦しんだように、私も苦しんだ。なにしろ、わけがわからない意識が私を乗っ取った!」
ああ、今はスゥの意識……。
「ユウの意識が入ってくることによって、私もノブを愛するようになった。というより、私の意識の中で当たり前のことになり、ノブを探さなければと思った。そして、見つけ出した。幸いなことに、同じ街に住んでいる攻撃隊員だった……」
再びあの川原での出来事が思い出される。
すべては、あれが始まりだった。
そのときすでに、スゥは、ユウは、ンドペキがイコマだと知っていたのだ。
「でも、もう一方の私はパリサイド。このニューキーツの街がどうなっていくか、ある程度の予測はできた。何らかの争いが起きる可能性はとても高い。ンドペキは兵士。戦いが起きれば、私が助けなくてはいけないときがくるかもしれない。そのためには、政府の監視網から逃れられる、自由で安全な場所が必要だった」
「洞窟を」
「そう。何が起きてもいいように、必死で準備したのよ」
「ありがとう。本当に」
「私はさ、ある程度は期待していた。ンドペキは私のことを忘れているけど、もしかすると思い出すかもって」
「すまない……」
「ううん。厚かましいよね、私。自分が記憶を取り戻したからって、ンドペキも同じように都合よく思い出してくれるかもって」
スゥの意識とユウの意識がめまぐるしく入れ替わる。
ユウだと思えば、次の言葉はスゥが。
ンドペキは、ンドペキとして、スゥ自身に話しかけたいと思った。
「スゥ、聞いてくれるか。俺は、ンドペキは、ユウのことを忘れていた。俺が知っているのは、今の、スゥだよ。君のことを信じていた。本当だ。だから、ああやって洞窟にやってきたし、ここに部隊を呼び寄せることに何の躊躇もなかった」
「うん。それはわかってる。でも、もうンドペキは私の知っているンドペキじゃない……。ノブだから……」
「でも、俺はンドペキなんだ。スゥがここに連れて来てくれた、東部方面攻撃隊のンドペキなんだ!」
ユウが言葉を遮った。
「ふたりとも、もういいよ」
ンドペキは思わず叫んだ。
「もういいって、なんだ! ユウ! 俺は、スゥを!」
「だから、もう」
スゥが、苦しそうに呟いた。
「ンドペキ、私のことはもういいの。私の仕事は終ったのよ」
「なんだ、仕事って!」
「ンドペキを探し出し、記憶を取り戻してもらうこと。それが私の仕事。もう、仕事は終った。私はどうなってもいいのよ」
「何を言う! やっと俺はおまえのことを思い出したんだぞ!」