304 あなたは強い人ね
スゥは、ふっと目を上げ、一瞬視線を絡ませただけで再び目を落としてしまう。
「前に、二重人格だって言ってたよな。俺こそ、二重人格者だったよ。今も、ンドペキである俺と、イコマである僕が、同時に存在しているんだ。ユウを愛しているイコマである僕と、おまえを愛しているンドペキが同居しているんだ」
ンドペキは、スゥを愛している、という言葉を使ってしまったことに、少なからず驚いた。
人を愛するという感情を、もう数百年間も持てないできたのだから。
そんな言葉が、さらりと口から出たことに驚いてしまった。
ただ、そう言ってしまったことで、心が少しだけ晴れた。
しかし、スゥはやはり何も言わず、首を横に振った。
そしてたちまち、瞼に涙を溢れさせた。
そんなンドペキとスゥの様子を、ユウがチラリと見た。
「さあ、ノブ、話は尽きないけど、次の話に移っていい?」
「まだあるのか」
「うん。ンドペキもいい?」
「なんなんだ?」
ユウの声は、心なしか冷たく聞こえた。
事務的ともいえる。
今日は大阪イントネーションは出ない。
しかしンドペキには、それはユウが、努めて自分の心を抑えているからだとわかっていた。
ユウが、スゥを見つめている。
「スゥ。次はあなたの話」
スゥが体を震わせた。
ンドペキは、スゥの肩を抱く腕に力をこめた。
「スゥ、ありがとう。こう言うのも変だけど」
ユウの言葉に、スゥがまたいやいやをするように、体をよじった。
「泣いてばっかりじゃだめ。本当は、この話はスゥがしなくちゃ」
頬を伝う涙。
ンドペキはそれを装甲の指で拭った。
それがきっかけだったのか、スゥが口を開いた。
「私は、どうでもいい」
無理やり絞り出した言葉。
ユウが再び、穏やかに声をかける。
「あなたは強い人ね」
ンドペキは、これから語られる話からスゥを守りたいと思った。
それを言葉にした。
「ユウ、いやJP01、スゥをどうする気だ」
ユウは、ふうと溜息をつくと、
「どうもしないよ。彼女から話をする方がいいと思うから」
スゥが体をわななかせていた。
「スゥ……」
しかし、
「ユウがいうとおり、この話は私がする方が」
と。顔を上げた。
手が、肩に置いたンドペキの装甲の上に重ねられた。
「握ってて」
「ああ」
「ンドペキ」
「なに?」
「ノブ」
「なに?」
「聞いてくれる?」
「ああ。もちろん」
「私……」