301 片時も目を離すな
「ねえ、ンドペキ」
「はい」
猫撫で声のレイチェル。
妙なことを想像してしまった。
まさか、レイチェルはこのヒョロリ男に……。
ありえない。
レイチェルはなんとしてでも、子を設ける必要がある。
たとえ、メルキトやマトとの間の子であっても。
アンドロは……。
と、レイチェルの声音が変わった。
長官としての口調に。
「ハワードは、私の信頼する部下です」
ハワードがますます姿勢を正す。
そして、ンドペキは驚いた。
部下?
こいつは一職員ではないのか。
「私が囚われたことによって、任務継続かどうかを確認に来ました。しばらく私も考えたいと思います。その間です。明確な指示を出すまで、彼に身近に置きたいと思います」
そう言われては、むげに追い返すわけにはいかない。
ちらりとロクモンを見ると、我関せずという風で、あらぬ方を見ている。
仕方がない。
ンドペキは半ば投げやりにハワードに言った。
「では、部屋を用意しよう。相部屋になるが」
「はい。お手数をおかけします」
「このような場所だ。細かいルールがある」
「もちろんです」
部屋を決めた。
相部屋になる隊員に、ハワードの行動を監視し、些細なことでも報告するよう命じた。
向かいや隣の部屋の隊員にも。
いいか、片時も目を離すな。
特に、レイチェル、アヤ、チョットマとの接触に注意しろ。他の女性隊員もだ。
そして大広間に向かった。
大広間にいた隊員達が興味深げにハワードを見ている。
すでに、ハワードがしばらく滞在することになったと説明してある。
当然、ハワードがアンドロであることも。
コリネルスが洞窟で守るべき事項を説明し始めた。
明らかに憎悪の目、疑念の目を向けている者もあるが、総じて、仕方がないというムードだった。
「部屋の準備が整えば、同室の隊員が迎えに来る。その後は原則的に自由に過ごしてもらっていいが、当面は同室の隊員と行動を共にしてもらう」
「ご配慮、感謝します」
立ち去ろうとすると、呼び止められた。
「ンドペキ隊長」
「ん?」
「長官から与えられた任務ですが」
と、小声で言う。
ンドペキは、それは聞かないでいた。
長官が直々、この男に指示したこと。
自分が聞いておかなければいけないことではない。
必要があればレイチェルから伝えられるだろう。
「内容を申し上げることはできません。ですが、これは承知しておいていただきたいのです」
ンドペキは向き合った。
「あなた個人に関わりのあることなのです」
と、言ったからだった。
「私が情報部の職員だからといって、あなたの身辺調査という類のことではありません」
意味がわからない。
「もちろん、あなたを窮地に陥れるという類のことでもありません」
「よくわからないが?」
「すべては長官のご意向です。ご存知だと思いますが、彼女は純粋です」
「それは承知しているつもりだ」
「よかった。私を信頼してください」
ハワードが笑みを浮かべた。
「長官の意向か。で、あんたは、どんな」
「私の立場でしょうか?」
「ああ」
「私から申し上げることはできません。知る必要がおありなら、上官である長官からお聞きになってください」
ハワードはまだ微笑んでいる。
立場上、自分からは言えない。
つまり、シークレットな立場だと言いたいのか。
「ただ、個人的に、私が知っている情報をお話しすることはできます。例えば、アンドロの動きについて」
「うむ」
「お時間のあるときにでも、お声掛けください。必ずお役に立てると思います」
「ありがたい申し出と、受け取っておく」
イコマが聞いていることの二番煎じになるだろうが、ンドペキは一応は礼を言った。
微笑むアンドロを、同室となる隊員が迎えに来た。
ハワードの任務について、内容が想像できないばかりか、やけに胸騒ぎもする。
ここで確認しておくべきだろうか。
しかしンドペキは、不安を抑えこんで、アヤの部屋に向かった。
ハワードが滞在することになったと伝えておかなければならない。