298 あんたが決めればいいんだ
洞窟に訪問者があった。
KC36632がンドペキを訪ねて来た。
相変わらず、サリの姿だが、もう見慣れたものだ。
「JP01の代理で参りました」
一通の書簡を携えていた。
親愛なるニューキーツのホメム、レイチェル長官殿、並びにアギ、マト、メルキトの皆様へ、という言葉で、その手紙は始まっていた。
過日に行われましたシリー川での会談以降、予測不能の出来事が連続的に発生したことにより、当初の会談のテーマであった我々の地球上での居住権についての協議は進んでおりません。
一刻も早く、融和と互いの尊敬に満ちた、皆様方との関係を築きたく願っておりますが、その端緒にさえつけていないのが実情でございます。
その最大の原因が、貴政府の実権をアンドロが握るに至ったことであると拝察いたしております。
ただ、ニューキーツの現状がそうでありましても、私共はこの街における正式な代表者はレイチェル長官であると認識いたしており、友好に、かつ実効を伴う形で協議を推し進めて参りたく、速やかにニューキーツの秩序を回復される、その日をお待ち申し上げておりました。
しかしながら、その兆候が見えないまま、すでにかなりの日数が経過しております。
(中略)
また、現状、マトの皆様、メルキトの皆様の消去のシステムが稼働中であることによって、皆様の行動が大幅に制限されていることも存じております。
当方には、当該の消去のシステムを破壊する用意がございます。
つきましては、そのシステム破壊の許可をパリサイドにお与えいただきますよう、お願い申し上げる次第でございます。
ご許可をいただきましたら、直ちにシステムの破壊を実行に移させていただく所存でございます。
この行為は、プログラムだけではなく、関連する機器すべての破壊を含むとお考えください。アンドロによって安易に復旧できぬよう、完全なる破壊という意味でございます。
なお、消去のシステムは再生のシステムと連動していることから、破壊後は再生もできなくなりますが、必要となれば、他の街からシステムを移管するなどしていただければ、いずれ復旧することは可能かと存じます。
また、アギの皆様をはじめとする個人の思考情報蓄積を破壊するものではございませんので、その点はご安心くださいませ。
地球人類の皆様が長年にわたって開発され、馴染んでこられましたシステムを破壊することは大変心苦しく存じますが、なにとぞご考慮いただきますようお願い申し上げます。
追伸
この書簡は、現時点でアンドロによって支配がなされている各街の長官の皆様全員に、同様の文面をお届けしているものでございます。
というものだった。
ンドペキは、レイチェルとふたりでこの文書を読んだ。
心は決まっていた。
もちろん、許可する。
しかし、決めるのはレイチェルである。
「ンドペキ、どう思う?」
「自分で決めろよ」
「だって、もう再生されないかもしれないのよ。私はそのうち死ぬからいいけど、ンドペキ達はこれまでずっと再生されて生きてきたんでしょ。もともと、そういう取り決めだし」
確かに、マトになるときの契約はそうだ。
しかし、それはもう数百年の前のこと。今となっては……。
いや、人によっては、再生されないことに傷つく人もいるかもしれない。
「緊急事態なんだ。そんなこと、言ってられないんじゃないか」
「ということは、ンドペキはパリサイドの申し出は許可ってことね」
「そういうことになる。ただし、あくまで個人的な意見だぞ」
「じゃ、マトの代表者はオーケーと。後はアギとメルキトね」
「何言ってるんだ?」
「書簡の冒頭に、親愛なるニューキーツのホメム、アギ、マト、メルキトの皆様って書いてあったもの」
「そんなこと、どうでもいい。あんたが決めればいいんだ」
「でもさあ」




