297 いつの間に、そんないい子ちゃんに
あのふたりは、そんなことはどうでもいいんだよ!
やつらはもう、亡霊みたいなもん!
己の意思があるだけで、周りのことなんか見ちゃいないさ!
「ライラ……」
フン! あたしゃ、やっとやつらと縁が切れて、うれしくて堪らないんだよ!
「でも、頼んでみてくれないかな」
真っ平ごめんだよ!
そんなことより、早くあのタブレットの作り方!
「ねえ、ライラ」
いつの間におまえは、そんなにいい子ちゃんになったんだい!
他人のために働こうなんてさ!
だいたいさ!
ライラが本気で怒り始めているのか、これも普通の態度なのかわからないが、少なくとも核心に近づきつつあるという感触はある。
「おまえはなんだってあんな洞窟に、兵隊を匿っているんだい! だれか好きな人でもいるんかい!」
「そんなんじゃなくて、私は」
「人道的に、なんて言うつもりか!」
「ううん」
突然、ライラが声の質を変えた。
「ねえ、スゥ。あたしはおまえとこれまで散々喧嘩した。でも、仲良くもしてきたつもりだよ。商売仲間としてだけじゃなく」
そして大きな溜息をついた。
「スゥよ」
「なあに?」
「あたしはおまえにいろんなことを教えてきた。恩着せがましく言うわけじゃない。おまえを娘のように思ってきたからじゃないか。それが、今や、どうだい」
ライラが背を丸めた。
そして両手を膝の上にきちんと揃えると、しおらしい声を出す。
「もう、あたしから離れていってしまったのかい?」
これが芝居だとしたら、なかなかの名優だ。
スゥは微笑みながら、何も言わない。
ここで口を開けば、ライラの思う壺にはまるのだろう。
「あの洞窟で、スゥよ。何がしたいんだい?」
おせっかいかもしれないが、言わせておくれ。
おかげでおまえの商売はあがったりじゃないか。
せっかく客が押し寄せてきているのに、おまえがいないんじゃ。
あのボンクラ社員どもだけじゃ、とても捌けていないじゃないか。
「まあねえ」
「商売を捨ててでも、やらなくちゃいけないことって、何なんだい?」
ライラは、痺れを切らすふうでもなく、とつとつとスゥに問い続けている。
あたしゃ、あのタブレットが欲しい。
それをこの街のみんなに配って、終わりにしたい。
商売をやめようと思っているのさ。
後は、スゥ、おまえに任せたいんだよ。
スゥが笑った。
「いつも上手ねえ。でも、そんな誘いには乗らないわよ」
「ん? なに?」
「そんなことを言って、私を騙すつもりでしょ。泣き落としなんかに、引っかかるもんですか」
「スゥ、ここまで言っても」
「ストップ! ライラも耄碌したかな。くどいよ」
「やれやれ、おまえが一筋縄ではいかないことは、よーくわかってる。でも、そろそろあたしを引退させてくれても」
「だから、くどいんだって!」
「本当は、もう生きていくのが面倒になったんだよ」
「それこそ、自分の商売じゃない。再生されない死を提供するのが、呪術師ライラの最も得意とするサービスよね! そこの水系に放り込んで!」
「放り込むなんて、人聞きが悪い。おまえの洞窟だって、それなりの雰囲気作りはしてあるだろうが、していることは同じじゃないか。そういや、覚えているかい? あの洞窟をおまえに譲ったときのこと」
「忘れるものですか! ライラが政府に掴まって、その間、法外な賃料を払ってやったんだから」
「そんな言い方をするのかい。あれは……、いや、もう昔のこと。どうでもいいこと」
ライラはうつむいたまま、何度も首を振る。
こんな会話はもう疲れた、というように。
「ねえ、ライラ。思い出を枕に眠りたいってねえ。サキュバスの庭の女帝が。仕事にも、生きていくことにも疲れたって言いたいわけ?」
「そんな呼び方はよしておくれ」
また深い溜息をついた。
「じゃあさ、神の国巡礼教団のシップで、宇宙へ出て行った娘さん、探してみたら?」
ライラがすっと目を上げた。
「パリサイドの中にいるかもしれないよ。ニューキーツにきたパリサイドの代表者は、地球で生まれた人みたいだし。彼ら、とてつもなく長生きみたいだから」
ライラの指が髪をいじり始めた。
「オーエンの奥さんもね。お友達だったんでしょ」
ライラの目が険しくなった。