295 アヤのことを殊更に念押し
よくないことが起きるかも、というアヤの言葉に浮んだスゥ、その人が顔を出した。
「具合はどう?」
「ありがとう。どんどんよくなっています。もうすぐ皆さんと一緒に食事ができそう」
「よかった!」
「ところで、イコマさん、ちょっと付き合ってくれない?」
スゥは、アヤを見舞いに来たのではなかった。
「どこへ?」
イコマはスゥと共に、サキュバスの庭に向かった。
ハワードが来るまでに戻っては来れないだろう。
しかし、ンドペキがいる。
ンドペキはもとより自分。
心配することはない。
スゥは、イコマとンドペキが同期したとき、それを見ていた者はライラではないか、と言う。
彼女に会って、どうしようというのだろう。
口止め?
「違うのよ。いろいろ考えると、オーエンとホトキンは味方につけておいた方がいいと思って」
一理ある。
エーエージーエスの入り口のいくつかは政府建物にある。
街奪還の突破口のひとつとなりうるかもしれない。
そして、エーエージエスからアンドロ軍に急襲される恐れも軽減される。
スゥは、ンドペキを誘う意味でイコマを誘っている。
ということに気づいた。
イコマは、ンドペキとしてスゥと話した。
「言うとおりだな。でも、ライラと会って、勝算は? なにか秘策が?」
首をすくめたスゥ。
「まあ、いつも貸し借りはあるから」
「大きな借りになりそうだな」
「そうね。でも、彼女もマトだし」
アンドロの味方をすることはない。
人としての帰属意識に訴えるというわけだ。
「うーむ」
オーエンはパリサイドを憎んでいる。
パリサイドとの共存を意図しているレイチェルに対してはどうか。
アヤは危うく死にかけた。
「大丈夫かな」
「そこが問題なのよね。ねえ、イコマさん、いい知恵ない?」
スゥは相変わらず、イコマさんと呼ぶ。あれ以来、ノブと呼んだりはしない。
「いい知恵ねえ」
特別な作戦はない。
「平凡だけど、彼女の弱点を突くとか。弱点、ないのかな」
「付き合い始めたとき調べてみたけど、これといって」
「なあ、スゥ、ンドペキって呼ばないんだね」
「どうして? あなたはまだンドペキじゃないじゃない」
自分は時としてンドペキとして考えていることがある。
しかし、スゥがいうように、まだ一体化はしていない。
それに、フライングアイにはイコマと呼んでおいた方が安全だ。
誰に聞かれるやも知れない。
もちろん、イコマがンドペキであるということは厳重に伏せられている。
その場にやってきたチョットマは気付いた可能性もあるが、何も言って来ないので、きっと気付いてはいないのだろう。
「本当にややこしいよ。僕はンドペキなのかイコマなのか、だんだん曖昧になってきてる」
「完全に同一化すれば、ややこしくもなんともなくなると思うよ。回りの人にも言えるしね。今の状態で周囲の人に話したら、かなり混乱すると思う。特に今のような切迫した場面では」
「だろうな」
「アヤちゃんにもね。彼女自身も混乱するだろうし、それが周辺に漏れ出さないとも限らない」
「アヤちゃんは、そんなことをばらしたりしないよ」
「そうね。でも、精神的にはきついと思うよ。ンドペキがイコマさんだと知って、知らん振りし続けるのは。あ、そうそう。念のために言っておくけど、ンドペキはあくまでンドペキとしてアヤちゃんに接してね」
「わかってる」
なぜスゥがアヤのことを殊更に念押しするのか、奇異な感じがしたが、イコマも取り立てて聞いてみたりはしなかった。
ホトキンの間を通り過ぎた。
「大丈夫」
「どう大丈夫なんだ?」
「だって、いろいろ仄めかすだけでも十分じゃない」
「何を?」
「そう、弱点、かな。今日のところは、それでいいんじゃないかな」
「任せる。でも、ライラは絶対に要求してくるぞ」
「でしょうね」
ライラは、あのタブレットを見たのだ。
そして、何が起きたかを見ていたのであれば。
「きっと、欲しがるでしょうね」
「ああ」
「でも、私はあのタブレットの作り方を知らない。JP01からもらった。パリサイドからもらったと言えば、ライラも二の足を踏むかも」
「自分で使うんじゃなくて、売りつけるとしても?」
「彼女なら、商売にすると思う。良心に賭けるしかないわね」