290 ヘスティアーに保護されし
「レイチェル騎士団が、彼女を裏切るとは考えにくうござる。もちろん全員、マトないしメルキト」
「オールドキーツに逃れた者の中には?」
「親衛隊はもちろん、騎士団はひとりもいなかったと聞いており申す」
「そうだったのか……。なぜ、もっと早く言ってくれなかったんだ」
「てっきり、閣下が話していると。それに、わしの隊のことではござらぬ。わしからおぬしに話すのは筋が違い申す」
「うむう」
「親衛隊、特に騎士団は、レイチェル閣下を絶対視している集団でござる。彼女の姿が見えなくなったからといって、閣下の居住地を捨て、己の判断でオールドキーツに退避するなど、絶対にござらぬ」
レイチェルの口から、シェルターのことは聞いたことがない。
なぜ、レイチェルは話さなかったのだ。
「そのシェルターってのは、秘密なのか? つまり、アンドロの連中は知らないのか?」
「知らないはずでござる」
ロクモンが説明してくれた。
シェルターは三つ。
ひとつは公式に存在が明かされているもの。長官居住区の直下。
これについては、かなり多くの者が知っている。
もうひとつは、長官居住区外の政府機関の地下に。
そしてもうひとつ。
政府機関のエリアの外、つまり、街中にあるもの。これが最も広く、充実している。
三ケ所は繋がっている。
それぞれ長官居住区から順に、ソラト、ウミト、タイリクトと呼ばれている。
ウミトとタイリクトの存在を知っているのは、防衛軍と親衛隊の幹部クラスのみ。
もちろん騎士団は全員が知っているはず。
各省の長官であっても、アンドロは誰一人知らないはずだという。
「なるほど。で、その噂、信憑性はあるのか?」
ロクモンが頷いた。
「タイリクトは、長期間、かなりの人数が暮らしていくことができ申す。備蓄品は完ぺきでござって、シールド機能も備え、探知されない構造にもなっており申す」
「そのシェルターに親衛隊がいるかどうか、外から確認する方法はないのか?」
確認方法はない。
ただ、望みがないわけではない。
タイリクトは、四つの出入り口を持ち、ひとつは長官居住区内、ひとつはウミト、残りの二つが街の中と外にあるという。
好都合だ。
そこから逆進すれば、街の中にでも、政府の建物群にも突入することができるということになる。
なぜ、レイチェルは話さなかったのだろう。
「出入り口の位置、知っているのか?」
「街の外の出入口のことでござるか?」
「そうだ」
「概念的には……」
「ん?」
「ヘスティアーに保護されし孤児、生贄を喰らう」
「んん?」
「ラーに焼かれし茫茫なる粒砂、時として笑う」
「なんだ?」
「そう言われておるが、行ってみたことはござらぬ」
出入り口はちょっとやそっとのことでは見つからないし、たとえ所在が分かったとしても、開けないという。
そもそも、街中と城外にある出入口は、中から外に出るためのものであって、そこからシェルターに入ることは想定されていない。
「まあ、そうだろうな」
「出口を開くことができるのは、レイチェル閣下ただひとり。そう言われており申す。我々には、その方法さえも知らされており申さぬ」
「よし、レイチェルに話をしにいこう」
それらの施設を押さえておくことは、今後の作戦に大いに寄与するはず。
「ただ、ロクモン。聞いておきたいことがある」
「うむ」
「レイチェルは、その存在を俺に話さなかった。理由があると思うか?」
「……わしの憶測でござるが」
そう断ったものの、ロクモンは言いよどんだ。
「いや、それを申す前に、わしからも聞きたいことがござる」
「なんだ」
「ンドペキ、おぬしは閣下のことを、どれくらい知っておる?」