289 みんな熱すぎるよねえ
ンドペキはレイチェルの部屋に向かった。
チョットマを用済み扱いされて、黙っているわけにはいかない。
相手が長官であろうが誰であろうが、部下を守るのが上司だし、間違いは改めさせなければならない。
チョットマには自分の部屋にいるように命じてある。
スゥとはホトキンの操作室の前で別れたきりだ。
フライングアイはフワリとアヤの部屋に入っていった。
「レイチェル! どういうことなんだ!」
部屋にはロクモンがいて、ふたりで雑談していた。
「おい! チョットマに用無しと言ったそうだな! 失礼にも程があるぞ!」
レイチェルは、
「ここの人は、みんな熱すぎるよねえ」
と、笑みを消した。
「話をそらすな!」
「ちょっと待った。全く誤解してるよ」
「なんだと!」
「チョットマはあなたの隊そして私達にとって、なくてはならない存在。彼女の働きは貴重。そう思ってるよ」
「それならなんだ!」
レイチェルは、あからさまに困った顔をして、
「だから、あなたは熱すぎるって。それも変なところだけ」
そう言われて、ンドペキはますます頭に血が上った。
「熱くなって当たり前だ! 部下を能無し呼ばわりされて、黙っていられるか!」
と、レイチェルが立ち上がった。
もともと壁際に立っていたロクモンは、微動だにしない。
もちろん、すでに顔には無表情を張り付かせている。
「わかったわ」
突然、レイチェルが深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ん」
「用済みだと言ったのは本当よ。でも、それは隊員として、という意味じゃないわ。そこはチョットマにちゃんと思い出してもらって。私はそうは言ってないわ」
「じゃ、なんなんだ」
レイチェルは少し迷ってから、
「私、チョットマに、ある役割を……。一方的に期待していただけだから……」と、口ごもった。
「ん?」
「それは困るって顔ね。大丈夫。あなたの指揮権に関わるようなことじゃないから。私の個人的なこと……」
レイチェルが肩をすくめた。
「彼女、そそっかしいから」
ンドペキは、レイチェルがチョットマに謝らなくちゃ、と言ったので、それ以上追求するのはやめた。
ただ、話の成り行き上、聞いておきたい。
「個人的なことなら聞きはしない。ただ、チョットマはあんたの期待に応えられなかったということなんだな」
それがどんなことであれ、もしチョットマがそのことに気付いていないなら、長官からすれば落ち度ではないか、ということなのだろう。
しかしレイチェルは、首を横に振った。
「私の期待は、私だけのもの。彼女はそれを知りもしない。だから、彼女はなにも失敗なんてしていない。私の思ってもみなかった方向に、進んでしまっただけ」
ピンと来る話ではなかった。
「よくわからないが、彼女に落ち度がないのなら、この話は終わりだ。ただ、無用なことをあいつに言わないでくれ」
部屋を出ようとすると、呼び止められた。
「チョットマのこと、どう思ってるの?」
脱力してしまうような言葉が追いかけてきた。
「部下ですから」
ンドペキはそれだけ言って退散しようとしたが、さらに声。
「チョットマがあなたのことをどう思っているか、知らないの?」
「仲間ですから」
今度こそ、ンドペキは扉を開けた。
「私が、そのことをどう感じているか」
レイチェルの問いかけの後に、上官として、という言葉が付いているような気がしたが、そのまま部屋を出た。
チョットマの部屋の前に立って、ンドペキは自分でもげんなりした。
今の話を、どう伝えればいいのだ。
気にするな。おまえは必要とされている、と言えば納得するだろうか。
役目といえばそれまでだが、落ち込んでいるチョットマに掛けてやるいい言葉は思いつかない。
「ンドペキ」
振り向くと、ロクモンだった。
「話がござる」
先ほどの話の続きならごめんだ。
「今後の作戦につき、耳に入れておきたきことがござる」
ンドペキはチョットマと話をするのを後回しにして、自分の部屋にロクモンを誘った。
「レイチェル閣下から聞いているかもしれぬが」
と前置きをして、実は、とロクモンが切り出した。
「長官の居住エリアから通じている専用のシェルターがござる。そこに、レイチェル騎士団を含む親衛隊が残っているという。そんな噂、聞いておらぬか?」
初耳だった。