288 そうか……。あいつだな
ユウが話していた。
「アギのノブ。今から言うことを、よーく聞いてね。そして怒らんといてね」
「わかった。こんなことが起きてるんだ。もう、どんなことも驚かないし、ユウのすることに怒ったりしない」
「うん。じゃ、まず謝る」
「なんだ、謝るのかよ」
「ンドペキとノブを、私の考えで同期させちゃった。いいでしょ? いや? 嫌なら戻すこともできるけど」
ンドペキは、アギのノブと同期していることを、また実感した。
自分は今、スゥと話している。
スゥに心を奪われている。
スゥの涙を見て、動揺している。
なのに、頭の中にアギのイコマが話していることが、自分が話していると感じてしまう。
ユウが問うたことを、その必要はない、とイコマとして考えている。
アギのイコマが言った。
「そんな必要はない。彼が僕なら、当然じゃないか。彼は僕なんだから。僕は彼なんだから」
「ありがとう! ノブはきっとそう言ってくれると思った」
「でも、事前に言ってくれてもいいと思うけどな」
「そんなこと、できるはずないやん! だって、ノブは私の言うことを信じてくれると思ったけど、ンドペキの方は、信じてくれるはずないやん」
「でも」
「ンドペキが記憶を取り戻す前にノブに話してしまったら、もしンドペキがそれを拒んだとき、どうする?」
「ややこしくなるな」
「でしょ! それは避けたかった。いずれきっと、スゥが役目を果たしてくれると思ってたから、ノブにはちょっと待ってもらったのよ」
ンドペキは思った。
その通りだ。
自分は東部方面攻撃隊の隊長で、それどころではない。
こんな途方もないことを聞く耳は持たなかっただろう。
「ノブ、ここからが本当に聞いて欲しい話。いい?」
「きっと、おぞましいことを言うんだろうな」
そのときだ。
「ンドペキ……」
チョットマだった。
ホトキンの間に現れたチョットマは、憔悴しきった顔で、入り口から入ってこようとしない。
うなだれたスゥと、JP01の、いやユウの顔を見て、遠慮がちに言った。
「話があるんだけど……。なかなか帰って来ないから……。今、ダメ?」
ンドペキは、努めて明るく言った。
「いいよ。なんだ?」
チョットマは、迷うそぶりを見せたが、切羽詰っているのだろう。
「さっきね」と言い出すと、泣き声になった。
「レイチェルが」
「どうした?」
「もう、私は用済みだって」
「なに!」
「私、ふざけるなって言ってやったんだけど、気になって。ンドペキ。私、足手まとい?」
ンドペキとイコマは同時に言った。
「そんなことがあるか! あいつ、ふざけたことを言いやがって! 俺が今からレイチェルと話す!」
ンドペキが立ち上がるやいなや、スゥがさっと立ち上がった。
バーチャルの水壁に目をやると、
「なにかいる!」
と、通路に飛び込んでいった。
「スゥ!」
ンドペキも後に続く。
「クッ!」
ユウも姿を消した。
「チョットマ、話は後だ! そこで待ってろ!」
スゥが地下通路の脇道にある、ホトキンの機械室に突き進む。
ンドペキもわずかに遅れて続く。
一瞬のうちに、機械室に到達したが、誰の姿もない。
ふたりとも装備はつけていない。スキャナーは使えない。
肉眼だけが頼り。
「うむう」
どこも変わったところはない。
地下通路にも、ホトキンの機械室にも、バーチャルの水壁の中にも、誰もいなかった。
「何かいるはず」
スゥが執拗に探したが、やはり誰も見つけ出すことはできなかった。
ンドペキは、もしや淵の中に何かいたのではと思い、ユウが浮上するのを待ったが、ユウはそれきり姿を見せなかった。
「そうか……。あいつだな」
スゥが呟いた。