285 私が作ったクローンのあなた
「私は、地球に帰ってきた。それはこの前、少しだけ話したよね」
「ああ……」
これもイコマとして聞いたこと。
ユウの舐めた辛苦を思うと、自分の暮らしなど、呑気な子供遊園地のようなものだと思ったのは、つい先日のこと。
しかし、ンドペキは返事をする気力を失いかけていた。
俺がクローン……。
俺はクローンだった……。
そのことだけが脳を駆け巡っていた。
ユウの話が続いていく。
ノブはすぐに見つけられた。
名前を変えていた。
ンドペキという名に。
名前を変えた。それは私のことを、忘れてしまった証拠。
私を探し続けてくれているなら、名前は変えないはず。
「忘れるものか! 探し続けていたんだ!」
フライングアイが叫んだ。
「そうね。それはアギとなったノブの方。ンドペキは、私のことはおろか自分のことも、すべて記憶を失くしていた」
「……」
「それでも、私にとってノブはノブ。待ってくれてはいなかったけど、地球上に存在してくれていた」
ンドペキの思考にイコマの思考が流れ込んでくる。
ユウ、ありがとう、と。
ンドペキは顔を上げた。
ユウを見た。
忘れたことのないユウの笑顔。
少し曇っている。
しかし、目からは強靭な意思がほとばしっている。
「ありがとう……。本当にすまなかった」
「いいのよ。マトのシステムがそういうものやから」
ユウの笑みが少し大きくなった。
「六百年経って、昔の自分を見失わないで生きている人を探す方が難しいよ。だからいいのよ、気にしないでも」
「どうやって探し出してくれたんだ?」
「ねえ、ノブ」
「ん?」
「アギやマト、つまりホメム以外の人の記憶って、どうやって再生されると思う? 肉体は物理的に作り出すことはできるよね。でも、脳に蓄えられたすべての記憶は、どうすれば回復できる?」
「……わからない」
「以前はね、衛星軌道上に浮かんだ英知の壷の膨大なデータベースに蓄積されていた。しかし、それにはとてつもないエネルギーが必要で、しかも消滅の危険性があった」
「……」
「人類はすばらしいことを思いついたのね。実際はアンドロかな。データベースのハードとして、海を利用することを」
「海!」
「そう。海。もっと言うと、海に繋がった水域すべて」
ユウは、一年前に地球を訪問したパリサイドの宇宙船から、ごく小さいカプセルとして離脱し、海に落ち、そこで体を取り戻したと説明した。
そのとき、人類のデータベースとして海が利用され始めたことを知ったのだという。
「その時の驚きは、今あなたが感じたのより、もっと強烈な驚きやったよ。だって、すべての人類の、何百年に渡る記憶が漂ってるんやから」
「うむう……」
最初は、ごくかすかな記憶の断片が私の意識の中を掠めていくだけだった。
しかし、そのうちにそれをしっかり受け止めることができるようになり、そして繋ぎ合わせることができるようになった。
ついには、特定の記憶を、ある程度は探し出すことができるようになったのよ。
そして見つけた。
私が作ったクローンのあなたを。