284 最後まで聞くのよ
「まず、アギのノブからね」
「ああ」
「すでに、ンドペキはノブの記憶や思考をすべて手に入れた。というより、取り戻した」
「むう……」
「もともと、ンドペキは生駒延治その人やから」
「なんという……」
「疑問が渦巻いてる?」
「吐きそうな気分」
「フフ、フライングアイが? でも、どう?」
「ンドペキのことが、すべて自分のことのように理解できる」
「そうね。お互いが相手の記憶や知識、思考や感情をすべて交換し合ったのよ。そして、今は同期している」
「のようだ」
「アギのノブが考えたことは、ンドペキが考えたのと全く同じこと。逆もそう。ンドペキが今時点で感じていることは、アギのノブにも分かるでしょ?」
「ああ。恐ろしいくらいに」
「でも、区別はつくよね。自分の中で。これはアギのノブの思考で、これはンドペキの思考って」
「ああ」
「ンドペキはどう?」
信じられないことが起きていた。
全く、ユウのいうとおりだった。
「いろんな疑問や不安があると思うけど、まず現状をざっと説明するから、聞いててね」
ふたりのノブは今完全に同期した。
思考を共有した。
しかし、肉体はふたつ。人としてもふたり。
それぞれに思考を持つ。
だから、全く同じというわけではない。
ンドペキはンドペキとして考えるし、アギのノブは生駒延治として考える。
ただ、それは同期していて、共有の経験となる。
「ここまでいいかな?」
ンドペキとイコマが同時に、「わかるような気がする」と言った。
その言葉がンドペキの心の中でこだました。
「次は、ンドペキ」
「ああ」
今言ったように、あなたはイコマ。
大阪に住んでいた日本人、生駒延治。
一緒に住んでいた私は、紆余曲折があって神の国巡礼教団とともに、宇宙に飛び立つことになった。
絶対に帰って来るつもりだった。
「話したから、覚えてるよね」
「ああ、覚えている。つい先日のことだ」
イコマとして聞いたことである。
「そうそう、その調子。記憶の取得は大丈夫みたいやね」
「……そうみたいだ」
でね、そのとき、私はノブのクローンを作った。
「なっ!」
「クローン!」
フライングアイとンドペキが同時に声をあげた。
「ふたりが話すとややこしいから、ンドペキの方のノブだけにしてくれる? ふたりとも今は同期していて、一緒のことやから」
「……わ、わかった」
私は地球に帰ってきたとき、必ずノブを探し出すつもりだった。
そのとき、ノブがこの世にいなかったら、私はどうしていいかわからない。
だから、クローンのノブを作ってから行くことにした。
散々、迷ったけど。
「クローン……、俺が……」
「最後まで聞くのよ」
地球に帰ってこれるのは、数百年も先のことになるかもしれない。
それはわかっていた。
でも何らかの形で、ノブが迎えてくれることが私には重要だった。
ノブのいない地球に帰ることの辛さを考えると、クローンであれなんであれ、私を待っていてくれる人がいて欲しかった。
「俺はそのとき、アギになっていたんじゃないのか?」
「そう。すでにアギやった」
しかし、当時のアギはトラブル続きだったよね。
システムが脆弱で、欠点も多かった。
私は、万一の時を考えてクローンを保険として用意しておいたのよ。
「そう。ンドペキ、あなたはクローンのマト」
違法であろうがなんであろうが、私にはそれしかできなかった。
むしろ私にしかできないことでもあった。
光の柱の守人として、それらの技術を行使できる地位にあったから。
ンドペキは腹の底から力が抜けていくような気がした。
クローン……。
人の手によって、人工的に作られた人間。
再生とは違って、もともとが人工人間だったのだ。
何ということだ……。
俺は……。
ンドペキはしゃがんだままだったが、そのまま岩の床に崩れ落ち、ベトベトの粘液となって、岩に染みこんでいきそうな気がした。




