277 アヤちゃんはまだ無理よね
変わり身は極端だった。
話しぶりも声音も、先ほどとはうって変わって、親しみモード全開だ。
目さえ笑っている。
「あなたとチョットマのパパさんに話があるんだけど」
「何でしょうか」
「今じゃないわ。レイチェル長官との会談が済んだ後。どこかに場所を用意してくれない?」
異存はない。
「スゥも呼んで欲しい」
「かしこまりました。いい? イコマ」
「もちろん」
「アヤちゃんはまだ無理よね」
「ん、難しいです」
「そう。本当は立ち会って欲しいけど、しかたないわね」
スゥにアヤ。
作戦の話ではない。
「他には?」
「私とスゥ、パパさんとあなた。それで十分よ」
了解だとは言ったものの、ンドペキは胸騒ぎがした。
アヤちゃんはまだ無理……、JP01はどこまで知っているのだろう。
不安が頭をもたげるが、ここはスルーするところ。
スゥがシリー川の会談でJP01に向かって発砲したことを思い出した。
はるか昔の出来事のようだ。
JP01は、スゥを交えて話したいという。
旧知の仲のようにスゥと呼び、親しみさえ匂わせている。
奇妙な申し入れだ。
あの発砲事件の後、何があったのだろう。
しかし、これもスルーしておこう。
そういえば、そのことについても、スゥにまともに聞いていなかった。
「だれにも邪魔されないところで」
「はい」
慎重に考えた。
現実的に、そんな場所があるだろうか。
「それに、私達が会うこと自体を秘密にできる?」
「え?」
「レイチェル長官にも内緒で」
「ん……」
「誰にも気づかれずに」
現在、洞窟内に余っている部屋はない。
自分の部屋?
声が漏れ出さないとも限らないし、そこで集うことは隊員達に知られてしまう。
「洞窟内で、秘密の会談ができる場所はないと思います」
「そうねえ」
「締め切ることができるのは、スゥの部屋だけです」
「スゥの部屋ねぇ」
JP01が難色を示す。
洞窟の外は、ンドペキ自身が誰にも見咎められずに出て行くことができない。
洞窟から出ずに行ける、秘密の会談にふさわしい場所は……。
ホトキンの間しかない。
今日の物資輸送は、その頃までには終るだろう。
その時刻が過ぎれば、あそこまで隊員達が足を延ばすことはない。
なんなら、プリブの部屋でもいい。
しかし、あそこまでJP01は、ひとりで来れるだろうか。
そこまで考えて、ンドペキは重要なことを思い出した。
「JP01、ホトキンという男が私に謎を仕掛けていたとき、あなたは助言をくれましたか? あれはあなたでしたでしょうか?」
JP01の顔が歪んで、笑った。
「そうよ。あなたは失敗したみたいで、女性隊員が助けてくれたのよね」
「やはりそうでしたか……」
「それがどうかした?」
「いえ。ちょっと思い出したものですから。礼を言います。ありがとうございました」
JP01の顔が、今度ははっきりと笑った。
「あなたは水系を伝って移動できるんですね。それならいかがでしょう。あの空間では?」
「そうね。わかったわ。レイチェルとの話が終ったら、私は水系から帰るわ。実際はあの場所に向かう。そこで落ち合いましょう。あんまり遅くならないでね」
そういうや否や、JP01は、スパン!と空に向かって飛び出し、あっという間に見えなくなった。
「イコマ、どう思う?」
「パリサイドは天秤に架けてるんだろ。アンドロかレイチェルか。どちらと話し合うか。ほとんどの街はパリサイド拒絶の方向だが、まだ、明確な表明はしていない。しかもニューキーツはアンドロの支配下。このような状態でこちらを支援するというのは、他のパリサイドの手前、JP01もやりにくいんだろう」
それは理解している。
「しかし、JP01はチョットマとスミソを助けてくれた。あのときのようなことを期待しても、やはり難しいかな」
「逆にこうとも言える。こんな状況になっていても、パリサイドはレイチェルを、そしてあんたを、ひいては地球人類を見捨てていないということ」
なるほど、そういう見方もある。
いわば、我々は虫の息。
自力で街を奪還する手立てもない。
いずれは洞窟を取り囲まれてあぶりだされてしまう。
そんな我々にJP01はまだ望みを託している、と言えるのかもしれない。
「JP01の話、あんたも指名された。いったい何かな」
「さあ」
ンドペキとイコマとスゥ、そしてJP01。
このメンバーで何を話し合いたいというのだろう。
フライングアイに表情はない。
イコマは言葉少なだが、今なにを思っているのだろう。
ンドペキは不安を抱えながら、洞窟に戻った。




