272 イコマは
イコマは。
ハワードから、いくつかの情報を得ていた。
政府防衛軍及び攻撃隊の強制死亡予定者名。
防衛軍の兵士はすでに全員がリストに掲載されている。
四名の将軍の名もあるという。
一方、攻撃隊についてはンドペキ以下の隊員名が記されてあるが、チョットマだけは見当たらないということだった。
「なぜだろうと思いました。調べてみると、チョットマはサリと同じように、データがないのです。攻撃隊の構成者リストにはあるし、ハイスクールの卒業者名簿にもあるのですが、パーソナルベーシックデータが」
それ以上は分からないという。
改めて調べてみるというが、サリのときもそう言っていた。
きっと、その答は見つからなかったか、見つかったとしても信じられないようなことだったのだろう。
あるいは、ハワードにとって、隠さなくてはいけないことだったのかもしれない。
チョットマとサリの共通点という意味で、耳にだけ入れておく、そんなつもりで知らせてくれたのだろう。
ユウは、何度も部屋を訪ねてきてくれる。
少しずつ、思い出話もするようになった。
ユウが光の柱の女神になったいきさつも。
アヤの身代わりとなって、光の柱の守り人となっていたのだ。
詳しい話はしようとしない。
アヤを傷つけたくないという思いなのだ。
それに、神の国巡礼教団と共に宇宙へ旅立ったいきさつ。
これもまだ、ユウは詳しく話そうとしなかった。
ただ、任務として、神の国巡礼教団に潜り込んだのだと言うのみだった。
イコマは思う。
ユウは、スパイとして送り込まれたのではないか。
ただ、その任務になぜユウが選ばれたのか。
これには、不合理な点がある。
神の国巡礼教団は、世界の宗教が歴史的な融和を達成し、合体した後にできた組織。
ユウのような無神論者には遠い世界。
しかもユウは、グローバルでもなんでもない普通の日本国人。
何かの罪を犯し、その罰としてその任務を押し付けられたのではないか。
そうだとすれば、その罪とは、イコマ自身のあの金沢での無謀な行為が原因では。
あのときユウは、何らかの方法、つまり市井の技術では想像もできない未来的な技術を使って、イコマを大阪まで送り届けてくれた。
ユウは、僕を傷付けたくないからこそ、そのいきさつを話そうとはしないのではないか。
イコマは、そのことをいつかは知りたいと思った。
そしてたとえ千年かかろうとも、ユウが舐めた辛苦に償いたい、と思った。
スゥをどう思うかと問うてもみた。
目の前にいるパリサイドのJP01こそがユウ。
やはり、そう思う。
しかし、ユウは、スゥについて何も話そうとしなかった。
よく知らない人だし、と。
シリー川でスゥがユウを狙撃したことを持ち出しても、まあね、と言うのみ。
スゥがアヤを救出してくれたのだと言っても、さあ、と言葉を濁すのだった。
それにしても、なぜスゥは、あんなことを言い出したのだろう。
サキュバスの庭の部屋で。
スゥは大恩人であることに変わりはない。
あれ以来、スゥはノブとは呼ばないし、話題にすることもない。
疑問が解けたものもある。
KC36632。
彼女がなぜサリの顔を持っているのか。
当初の説明は、単に気に入ったから、だったが、そのいきさつが分かった。
パリサイドは次元を移動することもできるという。
相手の次元にもよるが。
だからこそ、宇宙空間をいとも容易く旅することができるわけだ。
地球に帰還してからすぐ、地球を取り巻く各種の次元を調査したという。
無数とも言える次元が存在するが、そのうち、人類に影響があるのは、アンドロのバックディメンション。
そしてマトやメルキトの「捨て場」である次元の隙間。
つまり、ハワードが教えてくれたクレパスという空間。
そこで、サリを見たのだ。
すぐに消滅するとは言っても、パリサイドにとっては十分な時間。
KC36632は、もう死んだ人だから顔の構成や形を拝借してもいいだろうと考えたらしい。
パリサイドの中には、マトやメルキトの再生システムを知らない者も多い。
KC36632もそうだと。
フライングアイは、ひとつは街に帰った。
法外なレンタル料を取られるジャンク品の方。
他の街の様子も知りたかった。
ひとつのフライングアイは洞窟に留まっている。
一日の大半をアヤの部屋で過ごす。
ユウと再会したことを話した。
ユウがもう話してもよい、と言ってくれたからである。
それを聞き、アヤはいつまでも泣き続け、よかったと繰り返した。
しかし、ユウが誰で、どこにいるのかは伏せておくことになっている。