271 意識するとしないでは
「どう思う?」
雑談の後、ネールが聞いてきた。
今の状況と、今後の予想について。
隊員達は、あえてこの話題をしないようにしている。
どうなろうとも、与えられた任務を遂行するのみ。そんな気分がある。
「どうって、それはンドペキ達が考えることじゃない?」
「そうだね。命令があれば俺達に躊躇はない」
「なら、それでいいじゃない」
「ああ。でも、気にならないか?」
奥歯にものが挟まった言い方。
「はっきり言ってよ」
ネールは、ンドペキ隊とロクモンの隊員に、微妙な温度差を感じるというのだった。
「ロクモンの隊員は、なんていうのかな、俺達と目的が違うように感じるんだ」
「それはそうかも。彼らは閣下を守り抜くことを最優先してる。そんな気はするね」
「閣下、か。俺たちもそう呼んだ方がいいのかな」
「どうして? ンドペキもレイチェルって呼び捨てだよ。いいんじゃない」
「だな。ま、俺達もンドペキを呼び捨てだしな」
「そう。で?」
「俺たちは、いずれ街を奪還することが最大の目的。彼らは、その気持ちが薄いというか……。諦めているというか……」
しかたのないことかもしれない。
同僚が次々に強制死亡処置され、目の前で忽然と姿を消していったのだ。
再生は今や保証されていないも同然。
恐怖や諦めがあってもおかしくはない。
早期の街の奪還は諦め、時期が来るまでここに篭城し続けることを前提にした話をする者がいるのは確かだ。
ただ、洞窟内がギクシャクしているかというと、そうではない。
むしろ、個人レベルでは、融和が進んでいる。
隊としてみたとき、主流と傍流というか、本隊と友軍という意識がまだ双方共に拭えないでいると言えばいいだろうか。
「ねえ、もうこの話はやめよ」
「そうだな」
ンドペキからなんの指示もない今、勝手に想像を膨らませるのはよくない。
今、するべきことは、自分に可能なことで全体に貢献すること。
「それより、ロクモン隊の人たちともっと仲良くなるのが、先決だと思わない?」
「一心同体」
「そうそう。それ。顔を見せる、ってのはよかったね」
ンドペキからは、任務中以外はヘッダーはもちろん、ゴーグル、マスクさえつけないこと、と指令が出ている。
「一心同体ってのも大げさだけど、意識的にそうしてみる?」
「うん」
「よし。意識するとしないでは、結果はかなり違ってくるからね」
「だよね」
「あまりレイチェルに噛み付くのは、どうかと思うよ。そういう意味でも」
「うん……」
指摘されるまでもなく、気にしている。
「どうしてなんだろ」
なぜか、レイチェルには刃向かってしまう。
ンドペキを取られるような気がするから?
以前は、そう思っていた。
でも、それだけではないような気もしている。
「ねえ、ネール。私とレイチェル、似てる?」
「うーん」
答えにくそうだ。
「やっぱり、似てるのね」
「まあねえ」
確かに、背格好や体格は瓜二つ。
顔の造作もかなり似通っている。
はっきり違うのは、髪。
声の質も違う。だから「金管楽器」なんてあだ名。
「考えが読めない、よくわからない人ってことかな」
ネールは、レイチェルの性格は計り知れないという。
「悪意はないようなんだけど」
「ええっ。あれは悪意そのものじゃない」
「おいおい」
「いつもいつも」
そうは言いながら、チョットマにしても、自分がすぐに過剰な反応をしてしまうことがいけないと分かってはいる。
「おまえだけに、どうも当たるよな」
「でしょ」
「でも、本質的な意味で、悪人じゃないという気がするね」
そのとおりなのだろう。
「だめなんだな。どうしても反発してしまうんだ」
なぜなのか、自分でもわからない。
「怒るなよ。それって、対抗意識があるんじゃないのか?」
「うーん」
「女性同士の」
「うーん。わからない」
「あるいは、母と娘みたいな。厳しい母親に反発する娘みたいな」
「そんな例え、分かるはずないよ」
「まあね」
「それにさ、いつもきっかけは向こうからだよ。私がきっかけを作ったのは、最初の作戦会議のときだけ」
「そうだね。あれからかな。君らのバトルは」
「きっと、レイチェルは執念深いのよ」
「いずれにしても、周りから見てると、はらはらするよ」
「でしょうね。ごめん」
「謝らなくてもいいけど」
「ありがとう」
チョットマは、心からありがとうと言った。
そんな話をできる人が、パパ以外にできた。
それがうれしかった。
そしてネールが、レイチェルとも仲良くしなきゃ、などと正論を吐かなかったことがうれしかった。




