268 言葉、通じないよ!
ん?
大広間は奇妙な雰囲気に包まれていた。
笑い声が聞こえていた。
……賑やかだな。
ンドペキが入っていくと、
「この人、面白いんだ」
と、チョットマが指を差す。
その先にはもちろんロクモン。
「背中の旗のことを聞いてたんだけど、この人、ゴザルって言うんだよ。言葉、通じないよ!」
しかし、レイチェルが入っていくと、さすがに大広間は静けさを取り戻した。
ロクモンは、レイチェルを最敬礼で迎え、そのことが大広間の空気を引き締めた。
レイチェルはロクモンをチラリと見ると、椅子に腰掛け、足を組んだ。
そして口を開いた。
「ロクモン! どういうつもりか!」
びっくりするほど厳しい口調だった。
「はっ! 我々は、反政府軍を追いましたが、エーエージーエスに逃げ込ま……」
「黙れ!」
はっ!
「私の書簡を無視し続けた!」
はっ、申しわけございません!
「きさま! それでも防衛軍の将軍か!」
はっ、まことに申しわけございません!
「後手に回ったばかりか、街をやすやすと敵の手に渡した! どう責任をとるつもりだ!」
はっ、まことに申しわけございません!
「手をこまねいているばかり! 兵はアンドロによって次々と消去され、軍はまさに死に体!」
はっ、弁解の余地もございません!
「おまえには、ここで、いの一番にすることがあろうが!」
はっ!
ロクモンがンドペキに向き直った。
どかりと胡坐をかき、両手をついた。
「ンドペキ殿! そして東部方面隊の方々! これまでの無礼、まことに申し訳ござらぬ! ロクモン、衷心よりお詫びいたす!」
そして、額を床に擦りつけた。
「この責はすべて拙者にあり申す! どのような咎もお受け申す! ただ、兵達に罪はござらぬ。どうか、兵達をお許しくださりますよう、切に切に、お願い申し上げます!」
ンドペキは、レイチェルを見た。
レイチェルはロクモンの後頭部を睨みつけたまま、微動だにしない。
「俺は、あんたの気持ちを受け取ったよ。ただ、あんたの処分はレイチェルが決めること」
そう言って、隊員隊を見た。
表情は見えないが、不服のあるものはいない。
ンドペキはそう思った。
じりっ、とするような数分が過ぎ、
「ロクモン!」と、厳しいレイチェルの声が飛んだ!
「はっ!」
ロクモンは依然として額を床に擦り付けたまま。
「説明しろ!」
「はっ、この洞窟の軍に加えていただき、起死回生を図りたいと存じます!」
ンドペキは予想外の展開に驚いた。
声にはしないまでも、隊員達にも動揺が広がっている。
「このロクモン、謹んでお願い申し上げ仕る! 我が兵をお加えくださいますよう!」
レイチェルは、一拍の間をおいて、厳かに言い渡した。
「許す」
ははっー! 恐悦至極に存じます!
「きさまはどうする!」
閣下の仰せのままに!
「この軍は東部方面攻撃隊、隊長ンドペキが率いている。その指示に従え!」
はっ!
「勝手な行動は許さない。ンドペキが指揮官であり、スジーウォン、パキトポーク、コリネルスが副官である。ここにいる者達こそが、私をあの忌まわしき場所から救い出した、街の真の英雄である!」
ははっー!
「反政府軍に立ち向かわんとする真の防衛隊である。そう、心得よ!」
はっ、かしこまりました!
「きさまと兵の処遇は、すべてンドペキに委ねる!」
ははっ!
大広間の空気はそよりとも動かないまま、ロクモンが床に額を擦り付けていた。
と、
カチャ、カチャという金属音がした。
見ると、チョットマが拍手を送っている。
そしてそれは、大広間全体に広がっていった。
レイチェルは厳しい表情を変えることなく、誰とも目を交わさず、スクッと席を立ち、自らの部屋に戻っていく。
カチャカチャという音は、レイチェルが消えてもなお続いていた。