266 こちらへ参らせ給え!
翌日。
スゥは一日中、姿を見せない。
隊員ではないので、行動を把握しているわけではなかったし、隊としての仕事が割り当てられているわけでもない。
ンドペキは聞き耳頭巾を試してみるどころではなかった。
「政府軍、接近!」
洞窟内は一気に臨戦ムードになったのである。
「迫っている! 約十五キロ!」
「約七十名!」
「依然として、ハートマークの旗指物!」
次々入る連絡を耳に、隊員たちが走り回っている。
「落ち着いて行動しろ! 決められた位置に付け!」
ンドペキは厳しい声で伝えた。
「絶対に攻撃するな! 向こうが撃ってきてもだ! いよいよ洞窟に侵入されるときになって、初めて攻撃態勢! しかし、命令あるまで撃つな!」
隊員がレイチェルとアヤを瞑想の間に退避させているのを確認し、ンドペキは洞窟の入り口に向かった。
すでに、隊員達が所定の位置につき、政府軍が洞窟に近付くのを防ぐ隊形をとっていた。
「相手が少なくなったからといって、油断するな!」
ンドペキは洞窟の入り口に陣取った。
「いよいよ、来やがったな」
パキトポークもスジーウォンも、どことなく弾んだ声を出している。
「待たせやがって。もうちょっとで、モヤシになるところだったぜ!」
「見張り隊! 引き上げろ!」
引き上げつつも、見張り隊から断続的に連絡が入ってくる。
「五キロ地点で停止した!」
「集団隊形を取っている!」
「敵の隊長、先頭にいる模様!」
そのときだ。
ンドペキの耳に聞きなれない声が届いた。
「ニューキーツ防衛軍将軍、ロクモンと申すものなり!」
声が続く。
「レイチェル閣下とお目通り願いたく、参上仕った! お取次ぎ願いたい!」
「なんだと! 今頃のこのこ来やがって! 舐めとるんか!」
パキトポークが怒鳴った。
声の調子に喜びが滲んでいる。
「不届き者め!」
「目にもの見せれくれようぞ!」
スジーウォンも同調子。
もちろん、相手の口上を真似たジョーク。
ンドペキも、口上を投げ返す。
「よかろう! では、貴殿のみ、こちらへ参らせ給え!」
そして、
「レイチェルに伝えろ! 大広間へ。ロクモンをそこへ通す!」と、指示を出した。
「参られ給え、ってどこで習った? 古臭い言い方ね」
スジーウォンが笑う。
ンドペキは、隊員達にもう一度注意を与えた。
「気を緩めるな!」
そして洞窟の入り口で待ち構えた。
「来ました!」
一筋の砂埃の先頭に、ひとりの男の姿。
旗指物がはためいている。
本隊ははるかかなたに停止したままだ。
男は五十メートルの距離まで近づくと地面に降り立ち、歩み寄ってくる。
「かたじけない!」
間近に来るまで、ンドペキは何も言わなかった。
心の中では、この男を張り倒してやりたかった。