262 ハイ、これ。やってみて
「そうだ、気になっていたことがある」
「なに?」
確認しておきたいことがあった。
「イコマなんだけど。フライングアイは、アギ本体と通信している」
「そうね」
「だとすれば、やばいんじゃないのか」
「どういう意味?」
「あのフライングアイが通信しているなら、洞窟内にも通信が届いているということだ。それなら、俺達の通信も政府に傍受されているということにならないか?」
「何を言い出すのかと思ったら」
スゥが溜息をついた。
「もうちょっと、ロマンチックな、小粋なことなんか言ってくれるのかと思ったら」
「大切なことだろ」
「私が、以前、どう説明した? 洞窟内は安全だと言ったでしょ」
「ああ。しかしあのフライングアイはどうなんだ? なぜ本体の思考体と同期できているんだ?」
「はあ、本当にあなたって人は」
先に立つスゥは、枯れ枝を踏み、森へと分け入っていく。
ンドペキは小さな明かりをスゥの足元に向けた。
「アギの通信は、海によって、そして海と繋がった水系によってなされる。近くに海と繋がった水があれば可能。マトの通信とは根本的に違う。わかった?」
ンドペキは、よくわからなかったが、違いがあるということだけは理解できた。
「じゃ、俺達の通信は傍受されていない、ということでいいんだな」
「何度言ったらいいんだろ。私を信じてって」
「いや、信じているんだが……」
「信じてないじゃない」
原生林は昼間でも暗いが、今は完全に闇の中。
月明りもなく、星もない。
「この辺りでいいか」
どこでもいいのだろうが、ンドペキはそう言って、持参したライトを地面に置いた。
「そうね」
見張りのスコープから位置確認できる距離だし、暗視レーダーなら姿も捉えられるだろう。
スゥが、もっと離れたところに、と主張しなくてよかった、とンドペキは思った。
奇妙な気分だった。
簡単な装備だけは身につけているが、スゥは薄手の服を着ているだけで、もちろん素顔だ。
男と女が、夜の森の中で小さな光を挟んで向かい合って立っている。
セクシーな気分はないといえば嘘になる。
しかし、それらの経験は遠いおぼろな記憶としてあるだけ。
このようなシチュエーションで、きわめて美人なスゥと向かい合っていても、欲望が大きくなることはない。
むしろ、あるのは居心地の悪い不安だけ。
腰をおろした。
スゥは立ったまま。
「ンドペキ、そのゴーグル取ってくれない? 目が見えないと話しにくい」
言われたとおりにした。
「さてと」
スゥが懐から、布を引っ張り出した。
「ハイ、これ。やってみて」
「はあ?」
聞き耳頭巾の布地が、紫色の光をチラチラと放っていた。




