257/14 そんな告白をされても困る
ライラの部屋を出て、スゥがほっと息をついた。
「長いんだなあ、いつも」
「みたいだね。でも、いろいろ聞けてよかった」
「さっき、アンドロに知り合いがいる、って言ってたよね。その人の話と矛盾してなかった?」
「ああ、全然」
プリブの部屋で四時間後に待ち合わせ、と決めてある。
「少し早いけど戻ろうか」
イコマはそう言ってスゥの肩にとまったが、
「寄り道してもいいかな」と、スゥが横顔で言う。
危険なところでないなら、構わない。
「私の部屋」
「遠くない?」
「うん。ここだから」
スゥは、フフッと笑って、ライラの隣のドアノブに手を掛けた。
「えっ。なんだ!」
「隣同士」
部屋に入ると、スゥはどこかに連絡を取り始めた。
「仕事、ほったらかしにしてるから」
部屋は、地下とは思えないほど明るく、窓まである。
外には夜景が広がっている。
もちろんバーチャルだが、非常によくできている。
これは数百年ほど前の都市だ。
車や電車が走っている。
窓際に近づくと、かすかに町の騒音が聞こえてきた。
「終ったわ。それ、いいでしょ」
「どこで手に入れたんだい?」
「うーん。覚えてない。かなり以前から持ってたと思うんだけど」
「どこの街?」
「さあ」
画面の中ほど、大きな川が右から左方へと流れている。
川の上を何本もの道路が渡り、左の端には高速道路だろうか、ひときわ明るいオレンジ色の照明の列。
鉄橋が川を跨ぎ、それぞれ色の異なる電車が渡っていく。
飛行機が着陸するのだろうか、高度を下げていく。
夜景に見覚えがあるような気がした。
「はじめてね。あなたとふたりきりで話すのって」
唐突にそういわれて、イコマは戸惑った。
「何度でも言うけど、アヤのことは本当にありがたかった。君がいてくれて、あそこでエーエージーエスに飛び込んでくれたからこそ、アヤは助かった。感謝してもしきれないと思っている。本当にありがとう」
スゥが、大きく息を吐き出した。
「それはもういいのよ。でも、こうして話すのって、ようやくって感じ」
そして顔を近づけてきた。
「よーく見て」
まじまじとスゥの顔を見つめたが、そこにあるのは今まで目にしてきたスゥと変わるところはない。
「うーん。かなりの美人だ」
「そういうことじゃなくて」
スゥが椅子にどさりと腰を落とした。
「あーあ、だれも私のこと、わかってくれないんだ」
弱った。
スゥは明らかにいらついている。
「あの洞窟にあれだけのものを運ぶのに、どんなに大変だったか。だれも気にしてくれない」
確かに、今はさも当然のように使っている。
しかし、次から次へと難題が降りかかり、スゥに感謝を表す場面がなかったのかもしれない。
イコマは、謝った。
「ああ、だから、そんなことを言って欲しいんじゃないの」
「んー、ごめん」
諦めたという表情を見せたスゥ。
「あれだけの荷物を私ひとりで運べるはずがない。私の部下や、お得意様がみんなで手伝ってくれて、わずかひと月で仕上げたわ」
「そうなのか」
「別に自慢したいわけじゃないのよ。誰もその理由を気にもかけてくれない。それが悲しいと思っただけ」
「すまなかった。ンドペキにもそれとなく伝えておくよ」
「ううん。しなくていい……」
唐突に、スゥが泣き出した。
「お、おい、どうしたんだ」
スゥは首を振るばかりだ。
「僕でよければ、話してくれ」と、言うほかない。
「じゃ、笑わないで聞いてくれるかな」
「ああ」
スゥが涙を拭った。
「ンドペキを愛してる」
「!」
固まってしまった。
そんな告白をされても困る。
反応のしようがない。
「えっと」
スゥがさらに思いがけないことを口にした。