248 アンドロの子
タールツーは先走りすぎた、という。
「それに、最近、体調も悪く、人前に姿を見せないそうです」
「他の街にもアンドロはたくさんいる。どこもアンドロなしでは動かない。同じようなことが起きるんじゃないか」
しかし、ハワードは首を横に振った。
「そうはならないと思います」
「なぜ?」
「タールツーほど、自己主張の強い、権力意識まで持ったアンドロはいないといわれています。彼女は、だからこそ治安省の長官になれたのです」
なるほど、その通りかもしれない。
アンドロでありながら、治安省の長官。
人の命を牛耳ることのできる立場まで昇り詰めたのである。
ハワードが驚くべきことを口にした。
「彼女の子供が、メルキトとして、この街にいるそうです」
「え!」
「二十歳過ぎになっているはずです」
「子供が!」
アンドロは子を生むことはできない。
体の構造がそうなっていない。男も女も。
「そんな……。相手は?」
「前々長官」
「な! しかし、それは」
「ええ。もちろん秘密です。というより、噂です。真偽はわかりません」
レイチェルはタールツーはかなりな高齢だと言った。
二十過ぎの子がいるなら、いくつの時に産んだ子だろう、という疑念が浮かぶ。
例によってハワードはとうとうと説明を続けている。
「タールツーは妊娠することによって、人としての感情をより多く持つようになったのでしょう。驚いたことに自分の乳を与え、自分の手で子供を育てたというのですから」
「うーむ」
「できるはずがないと思われるでしょう。しかし、彼女はそうした。あくまで噂です」
「信じられるのか?」
「ん……、わかりません。ですが、イレギュラーなアンドロは時々いますから。皆さんが知らないだけで」
なるほど。
ハワードにしてもそうだ。
純血の地球人類は滅びようとしている。
それに代わって、かつて人類によって生み出されたヒト型生物であるアンドロが、肉体と簡易な思考だけではなく、生殖機能や感情をも持ち始めている。
アギやマトどころではない。
地球人類の姿は確実に変わりつつあるのだ。
パリサイドにしてもそうだ。
彼らがどんな人類なのか、まだ正確にはわからない。
彼らも、元の地球人類とは比べようのない肉体を持ち、想像を絶する能力を持っている。
ユウの言葉を借りれば、呪われた肉体。
地球に住み続けてきた人類は、滅亡に向かって最後の急坂を転がり始めた。
もうどうあがいても、彼らのいずれか、あるいは両方に、地球の主の座を明け渡さざるを得ないだろう。
「タールツーの思うようには、他の街のアンドロは動かないでしょう。タールツーは負けると思います」
ハワードは楽観的だが、タールツー自身は争いに負けることになっても、アンドロは最終的に勝利を収めることになるだろう。
もはや、それを阻止することができるのはパリサイドだけ。
そのとき、ホメムやマトやメルキトはどうなっているだろう。
アギにしても。
ハワードは、超然として椅子に座っている。
微妙な誇らしさが表情に滲み出ている。
イコマは、あわてて話題を変えた。
お嬢さんを私に、などと言い出されたら堪らない。
「ところで、いいかな」
「どうぞ」
「サリのことなんだが、続報はないか?」
「調べておきましょう」