244 ご武運を祈ります
「私のことを心配してくれるのね。自分のこともどうなるかわからないのに」
「いや、俺たちはたとえ死んでも、アンドロにその気さえあれば、また再生されるだろう」
その可能性は極めて小さい。
街の市民ならいざ知らず、自分達は兵士。
「そうねえ……」
レイチェルにも悲壮感はない。
彼女はホメム。
彼女こそ、再生されることはない。
「どうしようか」
街には戻れない。
政府軍も壊滅状態。
そんな事態になれば、他の街へ行くしかない。
「どの街へ?」
逃げ延びる手助けをしなくてはいけない。
それがニューキーツ東部方面攻撃隊の最後の公式作戦になるだろう。
今のうちに、主要なメンバーには、それを伝えておかなければ。
ンドペキはそう考えていた。
「他の街か……。あんまり興味ないなあ」
「興味があるとかないとか、旅行じゃないんだぞ」
「ううん。あなたとならどこでもいいけど」
「レイチェル! 冗談言ってる時か! 決めてくれ!」
「大声出さなくてもいいって。ちゃんと考えておくから」
「あ、すまない、つい」
すぐに答を出せるものでもないだろう。
「できれば、出発までに耳に入れてくれるか? 変わっていいから、現時点の希望を」
レイチェルは、微笑んでいる。
気丈な女だと思った。
さすが長官だけのことはある。
年長者ばかりの中で、しかも数百年も生きてきたマトやメルキトを相手に、またアンドロの集団を相手に、街政府を取り仕切ってきたのだ。
この若さで。
これしきのことでは動じないのだろう。
「私の出発は十九分後です。お見送りは結構です。直前にまた顔を出します」
ンドペキは、レイチェルの前で、始めて敬礼をした。
レイチェルも「ご武運を祈ります」と堅苦しく応えたが、背を向けたンドペキに再び声を掛けてきた。
「死なないでね」
ンドペキはニッと笑ったが、振り返りはしない。
小さく手を挙げた。
「どうせどこかに行かなくちゃいけないなら、あなたと一緒に、ね。新婚旅行じゃなくても」
「……」
「それにさ、私、ここで暮らすのもいいかなって」
ンドペキは最後まで聞かずに、扉を閉めた。