239 お布団敷いてる!
「ノブ!」
ユウが部屋に飛び込んできた。
「やっと会えた!」
うれしい気持ちそのままに、両手を広げて。
「約束のキスをもう一度!」
「うあっ、ここ大阪のマンション!」
「そう、僕らの部屋!」
「すごい! 見て回っていい?」
「もちろん!」
「わっ! お布団敷いてる! まさか万年床?」
「万年床というか、なんというか」
「もしかして、準備してた?」
「へへ。数時間以内に来るっていうから」
「フフン! じゃ、久しぶりにする?」
「いいな! 僕はバーチャルだけどな!」
「ハハ、いいやんか! そや、お風呂は?」
「もちろん。お湯も出るよ」
「やた。あ、お湯もバーチャルか。でも、いいよん。気持ちのもんやから。ノブも一緒に入ろ!」
イコマは、六百年間が報われた、と思った。
狭いユニットバスの浴槽に足を折り曲げたユウ。
気が付けば、日本語をしゃべっている。
懐かしい響き。
しかも大阪イントネーション。
「ユウの声やなあ」
「私の日本語、変? 数百年しゃべってないから」
「いや、全く。それに変でも何でもいい。ユウの声なら」
「よかった。それなら、ノブの一緒のときは大阪弁しゃべるわ」
「そりゃいいな。でも、大丈夫かな。監視のコンピュータが変に思わないかな」
「全然、大丈夫!」
パリサイドの技術力から見れば、地球人類のあらゆるシステムは子供のおもちゃみたいなもの。
「いつでも、私達のコントロール下に置けるよ。今も、コンフェッションボックスなんか使わずに、ここに来てんで。人工知能には偽の会話を聞かせてあるし」
「すごいな。よし、ではでは」
ユウを抱き寄せた。
「興奮すると、僕の言葉は乱れるんだ。勘弁しろよ」
「そんなんへっちゃら。どんな負荷がかかっても、大丈夫なようにしておいたから。ノブだけ」
「そいつはうれしいな。ついでに、いつでも好きなときに寝て、好きなときに起きられるようにしてくれると助かるんだけど」
「了解! 二十四時間、永遠にオーケーってことやね。帰ったらすぐにそうしておく。ん、あれ。でも、なんでお布団なん? ベッドやったのに」
「アヤちゃんもいるから」
「そか。ここで三人で川の字になって寝てたよね! アヤちゃんが見つかって、本当によかった!」
アヤが見つかってから今までのことを話した。
ユウからは、家を出て行ってからのことを聞いた。ごく少し。
長い話はしない。
これからはいつでも会える、とユウが言うから。
思い出話も、六百年を埋める話も、まだ不要。
声を聞き、髪や肌に触れ、目を絡め、キスしているだけでいい。
「それで、おまえはいったい、何やってるんや?」
「ニューキーツの代表やねん。今の名前はJP01」
シリー川対岸のコロニー。三千余名のパリサイドのトップ。
「ほう! 偉いじゃないか!」
「どんなに頑張ったか。でも、その話はまたいつか」
「うん。でもおまえ、あの教団に入ってたのか?」
「まさか! 神なんてものは、君主が民衆をたぶらかし、押さえつけるために考え出したもの。いつもノブ、そう言うてたやん!」
「じゃ、なぜ、パリサイドなんだ?」
「それは聞くも涙の物語。今日はしたくないよ。今日はバラ色の一日なんやから」
そう言ってユウが、絡めた腕にくっと力を込めた。
「この街ではトップやねんけど、なんでも自由かというと、違うねん」
「ま、そうかもな」
「地球に帰還したパリサイドは総勢約三万。全体のトップは宇宙空間に陣取ってる。私は単に中間管理職」
「中間管理職って、また懐かしい響き」
「だから、政府軍にしろアンドロ軍にしろ、どちらかに加担することはできない、そういうことになってるねん」
今、地球上のすべての街が大混乱に陥っている。
パリサイド容認派、拒否派に分かれて、紛争にまで発展している街がたくさんあるという。
パリサイドとしては、どちらにも肩入れしない。
決着がつくまで見守る、という方針。
「でも、圧力はかける。いい加減に決めてやってこと」
「しかしなあ。地球人類にできるかな」
「それに、約束の会談はすっぽかされる。それなりに制裁は加えないとね」
「つまりは、勝った方と交渉するってことか?」
「さあね。実際は交渉の余地はないねんけど。こうしてもう暮らし始めているし」
ユウはこの話をあまりしたがらなかった。
それはそうだろう。ここまで話してくれただけでも、うれしかった。
「なにか、飲む?」
「ううん。いい。一分一秒でもひっついてたいから」