236 ンドペキなんか
瞑想の間には物資が山積みになっている。
これもいつしか尽きる。
「そういえば、スゥはどうしたんだろ」
昨夕、作戦会議には出ていなかったように思う。
隊員ではないので、そのこと自体は不思議ではないが、いつから姿を見ていないだろう。
「確か、アヤを連れて帰ってきてから、彼女、見てないよ」
「そういえば、僕も。アヤが意識を取り戻したときには、そばにいてくれてたけど……」
チョットマにとって、スゥはどことなく遠い存在。
まともに話したこともない。
しかし、気になる存在ではあった。
「私ね、あの人、なんとなく好きじゃない。アヤを連れて帰ってくれた人だから、パパには悪いけど」
チョットマは、なぜ自分がそう思うのか、よくわからなかった。
パパが「そうなのか」と呟いた。
なんとなくわかるよ、というようなニュアンス。
「タイプが違いすぎるのかも」
「どう違う?」
あまり気乗りのしない話だったが、雑談として誰か他人の話をするのは気が楽だ。
「どういうのかな。あの人、裏がありすぎる。よくわからない。変にがむしゃら」
そういえば、なぜンドペキがスゥと一緒にいたのかも、結局聞かずじまい。
ハクシュウもスジーウォン達も、そこを問い質した様子はない。
「私、まだ、子供なのかな」
「ハハ、何を言い出すのかと思ったら」
「え?」
「もしかして、チョットマ、妬いてる?」
「ええっ!」
思ってもみなかったことを指摘されて、面食らった。
「妬いてる? 私が?」
「違う?」
「んー、わからない。誰に?」
「自分の心なんて、よくわからないものさ。でも、時には自分の心の中をよーく覗き込んでみることだよ」
「うん……」
とは応えたものの、チョットマは「ンドペキなんか」と呟いた。
しかし、わかっている。
自分はンドペキを本当に好きになっているのかもしれないということを。
今は、完全武装。顔色をパパに悟られることはない。
妬いている、という言葉をパパから投げられた瞬間から、顔が火照っていた。
こんな感触は初めての経験だった。
もしかすると、恋をしてる?
今までは、そうだと「思ってみる」という程度だったのに。
そう考えただけで、顔に血が上った。
今、ンドペキは自らも洞窟の入り口で見張りの番についている。
会いに行きたい?
行けば叱られる。持ち場を離れるなと。
でも、叱った後で、どんな言葉を掛けてくれるだろう。
自分にそう問いかけてみるだけで、胸が騒いだ。
「心の中に、何か見えたかい?」
パパには見えているのだ。
私の心の中が。
しかしチョットマは、「ううん」と首を横に振った。
「そうか」
パパは言ったが、チョットマは別の意味でドキドキした。
パパに対して、いや、誰に対しても、始めて嘘をついた気がした。
「私……」
「無理に言わなくてもいいんだよ。説明しようとすると、嘘になることもある。言葉では表せないこともたくさんあるからね」
「うん」
「整理ができたら、僕にも話しておくれ」
「うん」
ンドペキが好きです、と言ってしまったようなものだと思ったが、あえて否定しようとは思わなかった。
その代わり、自分に正直に、今の気持ちを伝えよう。
「たぶん、そうなんだろうと思う」
そして、わかった。
レイチェルが気にくわないのも、スゥを好きになれないのも、それが原因。
パパにわかったということは、他の隊員達もわかっているかもしれない。
きっと、ンドペキにも。
スジーウォンにも。
コリネルスは絶対だ。
チョットマの顔はますます火照った。
そして、やはり思い出す。
サリはンドペキが好きだったのだ。
ンドペキの方も。
今にして思えば、そんなシーンがたくさんあったように思う。
サリはンドペキの前では、変だった。
あの聡明なサリが、ンドペキの前ではしおれた花のように。
あれは、サリの乙女心が知性も理性もぐらぐらに揺すっていたからでは。
ンドペキは、幾度となくサリを狩に誘っていた。
私も誘われることはあったが、サリの方がずっと多かった。
そんなことを思い出してしまうことこそが、ンドペキに恋をし、サリに嫉妬している証拠だと思った。
チョットマは、黒い淵を見ながら、ンドペキやレイチェルや、スゥやサリのことをくどくどと考え続けた。
パパは退屈したのか、あるいはじっくり考えさせてくれているのか、山積みになった物資の間に入って、見て回っている。
ん?
足音がする。
あれ?
交替時間にはまだ早いけど。
「あ」