235 それはそれ、これはこれ
街はアンドロ軍に落とされた。
ところが頼みの正規軍中枢は、レイチェル救出に向かった隊がハクシュウ隊によって葬られたと考えている。
東部方面攻撃隊は窮地に陥っていた。
作戦会議は、単なる状況分析に終始。
打開策が見出せない。
チョットマは、今のうちにライラの部屋に戻って、あの布地と手裏剣を取りに行こうか、などと考えてしまう自分の能天気さが不思議だった。
誰もが、絶望が迫って来つつあると感じている。
チョットマ自身もそうだ。
しかし、リアリティがない。
恐怖という概念をあのスラムに置き忘れてきたのか、悲壮感には程遠い気分だった。
パパはまだ、荒地を飛び回って状況を知らせてくれる。
街にいるパパ本体もそう。
あれこれ調べては、フライングアイ経由で情報をもたらしてくれる。
ふとチョットマは、もうあの部屋でパパに会うことは二度とないかも、と思った。
そしてやっと、それほど自分達が切羽詰った状態にあるのだと思った。
ンドペキは、迷っているようだった。
あの書簡を、あるいはレイチェル自身を南軍に届けるべきかどうかを。
しかし、ある意味でレイチェルは最後の切り札。
今ここで、その札を使うべきかどうか。
あるいは、書簡を届ける隊員を選ぶことが、ンドペキにはできないのかもしれなかった。
エーエージエスでの正規軍惨殺について、濡れ衣を着せられている以上、彼等と友好的に話し合える状況にはない。
洞窟を抜けて街に入り、アンドロ軍を排除することも、案としてはある。
しかし、かなり厳しい戦いとなる。
城壁の外に逃れたという防衛軍と連動できてこその作戦。
エーエージーエスに隠れた軍。
それがアンドロ軍であることはもう間違いない。
それを攻める案もあるが、それとて何を成果とするかによって、隊員達の意見は分かれた。
政府軍が我々を敵と見なしている以上、現状では無意味だという意見が多かった。
幸いなことに、洞窟には物資が十分に備蓄されている。
しかも政府軍は、街とエーエージーエスとの中間地点まで南下している。
アンドロ軍も政府軍と対峙して息を潜めていると思われる。
両軍から、すぐに襲われることはないと思われた。
会議は一旦中断。
誰もが疲れていた。
あのシリー川の会談から、まともな休息を取っていない。
今夜は解散し、明日の朝、作戦会議を再開することになった。
朝方、チョットマは、瞑想の間で淵の見張りの番についていた。
パパも引き上げてきている。
規定の睡眠をとった後、ひとつはアヤのそばに、ひとつはチョットマのそばにいる。
「ねえ、パパ、もう街に帰れないかもしれないね」
「悲観的になることはないさ」
「フライングアイだけでも連れて帰ってあげたいけど」
「そんなこと、気にしなくていいよ。これを政府に返さなくても、たいしたペナルティはない」
「でも、もうひとつのフライングアイは借りてるんでしょ」
「万一のときは保証金を持っていかれるだけのこと。どうってことない」
「今日はまた、偵察に出るんでしょ」
「ああ。それしかできないからね」
「ンドペキはちゃんとパパにお礼を言った?」
「礼を言うのはこちらの方だよ」
「それはそれ、これはこれ。ね、どうなの?」
どうでもいいことだったが、話していないと不安がもたげてくる。
今日は、いったいどんなことに巻き込まれていくのだろう。
大広間や瞑想の間の見張りは縮小されている。
昨晩からはひとりだけ。
あの黒い影を、ンドペキがJP01だったと思ったからである。