232 熱くならずにいこうぜ
ンドペキの号令が下った。
「全員、撤収! 洞窟へ!」
東部方面攻撃隊は、粛々と引き上げを開始した。
「コリネルス! 例の書簡を用意してくれ。俺が向こうに届ける。誰かに持たせてくれ!」
ンドペキの言葉を聞いて、チョットマは背筋が冷たくなった。
憎悪に燃えている相手に、隊長のンドペキ自身が書簡を届けるのはかなり危険な行為。
無事に帰れる保障はない。
上手く書簡を届けることができたとしても、それが本物であることを分からせる頼みの綱は、小さなピンクのハートマークひとつにすぎないのだ。
すかさず、スジーウォンとパキトポークが異論を唱えた。
「それはまずいだろ!」
コリネルスが「それなら俺が行く」と言った。
チョットマは、こうなれば自分が使者になりたい、と思った。
隊員達の幾人もが名乗りを挙げた。
「南軍はまだそれほど遠いところにいるわけではない。レイチェル自身に行かせるべきだ」
という声も上がった。
しかし、隊長自身が行くと言ったものを、いまさら誰かに肩代わりさせるようなンドペキではない。
案の定、
「ここは、俺が行くから価値がある」と、はねつけた。
「いい気になるな!」
パキトポークが吼えた。
「おまえに万一のことがあれば、後の俺達はどうなる! ハクシュウもおまえも、部下をどう思ってるんだ!」
その声はいきなり後頭部を殴られたかのような衝撃だった。
「おまえがもし行くというなら、俺はおまえを見損なったぞ! 俺が行く! スジーウォン! コリネルス! それでいいな!」
チョットマはパキトポークの迫力に気おされてしまった。
もう、自分が行くとは言えない雰囲気だった。
すぐにはスジーウォンもコリネルスも、そしてンドペキも応えなかった。
反応したのは、パパだった。
「本来は私が行きたいところだが、残念ながらフライングアイでは書簡を持っていけない。差し出がましいようだが、ここは洞窟に一旦戻って、作戦を練り直すのがいいのではないでしょうか。南軍がそのまま街に帰ってしまうとは考えられない。きっと、このあたりに展開したままでしょうから」
その通りだ。
北軍の姿が消えた理由がはっきりしないまま、この地域を立ち去るはずがない。
それに、レイチェルが洞窟に居ることを知っているに違いない。
「うむむむむぅ」
ンドペキが唸っていたが、コリネルスがパパの案を推した。
「その通りだと思う。ここはむやみに危険を冒すところではない」
歯軋りが聞こえそうなほどンドペキの近くにいて、彼から発せられる怒りがひしひしと伝わってきた。
「熱くならずにいこうぜ」
パパに同調して、スジーウォンもンドペキを促している。
「うむう」
ンドペキもようやく納得したようだ。
ほっとした。
ここで誰かが犠牲になることだけは避けたかった。
ンドペキはもちろん、パキトポークもスジーウォンも、隊員のだれも。
隊列は、後方に警戒怠りなく、ゆっくりと洞窟に向かった。
「北軍の消えた辺りを探索します。彼らが消去されたのか、どこかに隠れているのか、突き止めなくてはいけません」
「よろしく頼みます」
パパにそう応えたンドペキの声は、すでに落ち着きを取り戻していた。