229 ピンクハートが押されている!
洞窟の南東百五十キロ付近、グリーンフィールド地方を流れる中規模河川を挟んで、二軍が南北に分かれて睨み合っている。
「北軍、兵数約二百。南軍約百。装備は似通っていますが、南軍は旗指物をつけています」
「旗指物とは?」
「敵味方が混乱しないように、全員が背に旗をつけます。古い日本の戦のしきたりです」
「で、どちらが我が味方だ?」
「まだわかりません! 旗先物には、ピンク色のハートが描かれています。今のところ、情報はそこまでです。今から、まず北軍に近づき、当初の予定通り、面会を申し込みます」
「待ちなさい!」
レイチェルが叫んだ。
「南軍に! きっと南軍が正規軍!」
「南軍!」
ピンクのハートマーク!
そんなものは正規軍の印にない。
疑問を無視して、レイチェルが勢い込んでいる。
「旗指物って、日本のものということですね! 我が軍には元日本人がいます。ロクモン将軍! それに」
レイチェルが言いよどんだ。
「ピンクのハート。いつも私がちょっとした書類やメモにサインするときに、ちょこっと」
ンドペキは叫んだ。
「イコマさん! 南軍に! レイチェルの言葉を伝えて欲しい!」
レイチェルに断って、書簡の封を破り、イコマに見せた。
なるほど、サインの後ろに小さなピンクのハートマークが。
「私が本物だとわかるように」
レイチェルが照れた。
「コリネルス、チョットマ! 聞いてのとおりだ! 状況が変わった! さっきの任務は白紙だ!」
コリネルスもチョットマも、指示を待ってピクリとも動かない。
「パキトポーク! スジーウォン! 全軍すぐに出立しろ! 戦闘準備!」
「ラジャー!」
「洞窟の外で待て!」
ふたりが駆け出していく。
「コリネルス隊は、レイチェルを戦闘地域まで運べるように準備!」
「了解!」
「バードもだ!」
「了解!」
「チョットマ! 俺達の隊をまとめておけ!」
走り出したチョットマの背中に指示を飛ばす。
「全員、不要なものは持つな! 野戦最優先の装備! 終れば一旦ここに戻る! そう伝えろ!」
ンドペキはレイチェルに向き直った。
「やっと外の空気が吸えますよ」
「ええ!」
「あなたが戦場に行けば、政府軍の士気がぐんと上がるでしょう。そして、そのまま街に向かえばいい」
「ハイ! 一緒に、ですね!」
「ただし、あなたがここを出て行くタイミング。それは任せてくれますか?」
「もちろんです!」
「敵はアンドロ軍だけではないかも知れない。パリサイドの動きも不明だ」
「ハイ!」
再び、イコマからの報告。
「南軍に接近中! メッセージを送っています!」
「返事が来ました! 自分たちはロクモン将軍の隊だと!」
「ロクモン将軍が率いておられるか、聞いています。おられれば、面会を申し込みます!」
ようやく事態が好転しつつある。
ンドペキは心が沸き立つのを感じた。
上手くイコマがロクモンと会うことができれば、レイチェルと面談させることができる。
そうなれば、我々も正規軍として合流できる可能性が高まる。
「ダメです!」
フライングアイが叫んだ。
「どうしたんです!」
「川を挟んで戦闘が始まりました!」
くっ。
遅かったか。
「戦況は?」
「混戦! 入り乱れて! ピンクハートが押されている模様!」