227 もうすぐ、会えるね
「なにをする!」
「ああ!」
「離せ!」
「ノブ!」
女の顔が見えた。
むっ?
泪。
「ノブ!」
頭に強烈な一撃を受けたかのように、一瞬の間、すべての思考が停止した。
そしてすぐに、しかしゆっくりと意識が戻るように、目の前の女の顔が見えてきた。
ノブ。
そう呼んでいる。
この女は。
ノブ。
そう呼ばれていたのは、自分がまだ肉体を持って生きていたとき。
ノブ。
自分の名は、生駒延治。
イコマノブハル。
ノブと呼んでいたのは、ユウだけ……。
まさか。
まさか。
まさか、ユウ?
長い黒髪。
素直な唇。
考え込むときに、唇に指を当てる癖。
長い睫に、黒い瞳。
きれいな顔立ち。
そして、いつも履いていたジーンズ。
白いブラウス。
三条優。
イコマは震えだした。
視界がぐらぐらと揺れた。
思考が熱を持ち、唸りを上げ始めた。
ユウなのか。
本当に、あのユウなのか。
「ユウなのか!」
「ノブ!」
後は声にならなかった。
イコマは心の中で、ただ泣いた。
喜びの気持ちが、これほどとめどなく湧き出てくるものだったとは。
感情が高ぶりすぎ、思考はままならない。
視界もぼやけている。
今はただ、高ぶる喜びにすべてを委ねるのみ。
そしてイコマは叫んだ。
「キスしてくれ!」
ユウが唇を寄せた。
「飲み込んでしまいたい!」
「そうしてくれ!」
長い間、何度も何度も、フライングアイはユウにキスされた。
「やっぱりノブや! 約束、覚えてたんや!」
「忘れるかいな!」
やがて、フライングアイから顔を離したユウ。
顔が見えるように。
「わたし」
「ユウ……」
「話したいことが一杯ある」
「僕も」
「でも、いつまでもこうしてはいられない」
「僕も」
「ノブのアクセスIDも分かったし」
キスしたから。
「よかった。これでいつでも話せる」
「どこにいる! どうすれば会えるんや!」
ユウが、迷った顔をした。
「それは、後で話すよ」
「待ってくれ! 待ちぼうけは嫌だ!」
「大丈夫。必ず私から会いに来るから。私を信じて」
「その言葉を信じて、信じて、信じて、もう六百年! 六百年も待ち続けてきた!」
「ごめん。でも、そんなに待たせたりしないよ。約束する。数時間以内に」
ユウがもう一度、フライングアイに口付けた。
そして手を開いて、フライングアイを空中に浮かべた。
「待ってて」
ユウが浮かび上がっていく。
「大事な話が! アヤちゃんが!」
「うん。知ってる。もうすぐ、会えるね」
ユウは一気にスピードを上げて上昇していった。
黒いレースの一団に到着する頃には、同じような黒い姿に戻っていた。
もう見分けはつかなかった。
 




