226 砂塵の人影
異様な光景だった。
空は、黒いレースを何枚も重ねたよう。
太陽は隠され、空の一片さえ見えない。
とても昼間とは思えないほど薄暗い。
イコマは全速力で荒地軍が集結している地点に向かっていたが、胸騒ぎが収まらない。
このパリサイドの行動は何を意味するのか。
「妙だ」
荒地軍が洞窟を攻撃するつもりなら、朝早くから作戦を開始できたはず。
それが何らかの事情で遅れたことによって、パリサイドの襲来を招いてしまったのだろうか。
空一面のパリサイド。
荒地軍の上空だけに展開しているのではない。
はるかかなたの空まで暗い。
ニューキーツ地方全域を覆っている。
街も薄暗がりに沈んでいるだろう。
連中は、どんな攻撃ができるのだろう。
予想ができない。
自由に体を変化させることができる。
しかも、飛行系。
だが、攻撃は?
想像は様々にできるが、最も常識的な推測は爆撃だ。
ただ、何を浴びせるのか。
何らかのエネルギー弾なのだろうが、その規模は。
荒地軍もそれがわからず、様子を見ているという状況なのだろうか。
イコマはまた空を見上げた。
パリサイドの数がますます増えている。
黒いレースは、幾重にも分厚く重なっている。
もう、薄暗いどころではない。
「急がねば」
荒地軍の陣地はもう目と鼻の先。
彼らが注意を怠っていなければ、フライングアイが近づきつつあることを察知しているだろう。
イコマは、大声で呼ばわった。
「貴軍の指揮官にお会いしたい! こちらはイコマと申すもの」
だが、最後まで言うことはできなかった。
突然、弾かれたように、全軍が移動を始めたからである。
しかも、全速力で。
洞窟とは反対の方向に。
猛然と砂塵を巻き上げながら。
まずい!
ついていけない。
必死で後を追うが、みるみるうちに遠ざかっていく。
イコマはンドペキに報告を入れ、このまま追っていくと伝えた。
荒地軍がアンドロの反体制軍なのか、レイチェルの正規防衛軍なのかがわからなければ、ンドペキも判断の下しようがない。
「まことに申し訳ない。アヤが足手まといになってしまって」
アヤとレイチェルがいなければ、彼らは地下通路を通って街へ帰還することもできる。
瞑想の間からホトキンの間までの、巨岩の隙間や落差のある空洞は担架を水平にしたままでは通行できない。
「いえ、お気になさらずに」
ンドペキはそう言ってくれるが、申し訳ない気持ちで一杯になる。
その恩に報いるためにも、なんとしても荒地軍に接触しなければいけない。
イコマは砂塵の中を羽根がちぎれんばかりに飛んだ。
砂塵の中に人影があった。
追いついたのか。
「貴軍の指揮官にお会いしたい! こちらはイコマと申すもの!」
「イコマ!」
女の声だった。
砂塵の中に立っている。
武装はしていない。
むっ。
イコマは急減速し、手前数十メートルの位置で停止した。
もう一度、用件を言うべきか、と思った途端、女がまた叫んだ。
「イコマなの?」
「そうだ!」
「ああ!」
「貴軍の指揮官を話がしたい! 案内を!」
「ノブ!」
女が飛んだ。
あ、と思ったときには目の前に立っていた。
「ノブ!」
様子がおかしい。
荒地軍ではないのか。
「あっ」
イコマは女の手に握られていた。
きわめてすばやい動きだった。