216 アンドロの軍はこの荒野に展開できるのか
「私は」
と、レイチェルが話し出した。
「それらが、政府の、つまり正規の私の軍か、あるいはアンドロの一派が差し向けた軍なのか、わかりません」
チクリと嫌味を込めて。
「ここに閉じ込められていますから」
そして、ずっと控えているという女性隊員に目をやった。
イコマは、その態度に小さな反感を持った。
「今のご発言は、誤解の元になると思います。今後は控えられた方がよろしいかと思います」
「えっ」
レイチェルはその意味を理解したようだ。
「そうですね。すみません」
荒地軍が正規の軍であった場合。
レイチェルを盾に東部方面攻撃隊が政府転覆を画策している、と考えているかもしれないのだ。
そんな中で、レイチェル自身の気持ちに揺らぎがあっては、ンドペキ達は堪らない。
「ただ、ハクシュウを倒した軍は、たぶん、私の指揮下にある防衛軍だと思います」
「なぜです?」
「その軍が街の城門から出てきたのだとすれば」
「そのようです」
「それに、もし、正規の軍でなければアンドロがすでに街を掌握したということになります。しかし、市民は普段どおりで動揺は見られないとおっしゃいました。つまり、街はまだ、私達の元にある」
「なるほど。では、他の三つの軍の所属はわからないということですね。念のためお聞きしますが、あなたの軍は、エーエージーエスに入る方法を知っていますか」
レイチェルが即座に答えた。
「はい。あの施設にはたくさんの入り口があります。稼動していた時代には、それらの入り口を使ってメンテナンスをしていたといわれています。ご存知かもしれませんが、私達はその施設を牢獄として使っています。したがって、それらの出入り口は常に監視の対象です」
「では、エーエージーエスの外で、ハクシュウ隊とあなたを追ってきた隊はいかがですか」
「通常、施設の見回りはそれほど大きな集団で行うことはありません。とはいえ、敵の軍か正規軍か、私にはわかりません」
「今、この洞窟の近くに集結している軍も?」
「はい」
「では、それらがアンドロの軍である可能性について、確認させてください」
「ええ」
「街は正規の防衛軍が掌握しているのに、アンドロの軍はこの荒野に展開できるものでしょうか」
これにもレイチェルは即答した。
「可能です」
街の長官であり、ニューキーツ軍の最高指揮官であるレイチェル。
彼女に対しぶしつけな質問であるし、機密に関わる質問でもあろうが、イコマは気にしない。
アヤをエーエージーエスから助け出すため、ンドペキが向かってくれている。
万一、その前に荒地軍に襲われた時、ホトキンを生かしたままオーエンに引き渡すことができるだろうか。
その不安がある以上、事態の詳細をできるだけ知っておかねばならない。
幸い、レイチェルは、精一杯話そうとしてくれている。
彼女とて、アヤ、つまりバードを早く助け出したいと思っているはず。
レイチェルが語る。
アンドロに大きな兵力があるとすれば、次元の扉を通過してくることになる。
その次元を繋ぐ扉は、政府の建物内に大小三十箇所近くある。
それぞれに、移動をチェックする機能は備わっているが、残念ながらそれらはアンドロが掌握している。
治安省の管轄であり、その長官がアンドロだからだ。
「アンドロが万一攻め来た場合のシミュレーションは行われています。次元の扉を通って来るしかありません。彼らは一旦、政府建物内に身を隠すことになるでしょう」
政府建物内には、マトやメルキトがいないエリアも多く、軍の集結や移動にそれほど大きな支障はないという。
「私達、つまりホメムやマトやメルキト側は、万一に備えて、監視網を張り巡らせてあります」
しかし、全域がカバーできているわけではない、という。
表向きはアンドロと共に世界を運営しているわけだから、あくまで秘密の監視網。
防衛軍の要員やその他の兵力を、アンドロに対抗する形、つまり次元の扉を封じる形で配備することもできない。
アンドロ軍がこの次元に出現したとき、監視網をかいくぐることもあるだろう。
政府機関内の移動さえ、気付けないかもしれない。
そうなった場合を念頭に、市民の居住区への侵攻を食い止めることを最優先にした部隊配置をしている。
つまり、街の中にアンドロ軍が大移動することは考えられない。
それは防衛軍が壊滅したとき。
「では、アンドロ軍が荒野に展開することは考えられないと」
「違います。隠された城門が二箇所あります。通常の作戦や訓練で、防衛軍やその他の兵力がその城門を利用することはありませんし、ハクシュウも知らないはずです」
「そこを通れば、アンドロ軍が出てくることは可能、だと」
「そうです。ただ、アンドロ軍がそこを通れば、防衛軍と局所的な戦闘になったはずです」